第4話 無敵
「体調がすこぶる良い」
数時間前には体が動かなくなるほどの空腹で餓死しかけていたと思ったら、一回の食事で急激に体の状態が回復していった。腕を動かして、グーパーと動かしてみるが体に痛みはない。
これも先ほど発現した、大食いスキルというモノの効果なのだろうか。
同じく、数時間前には保有していなかった筈の見知らぬスキルだった。頭の中に、スキル名が思い浮かび、それが出来るようになった事を理解した。ても、そのスキルがどういう効果なのか分からない。
分かるのはスキル名と、出来るようになったことだけ。ちゃんとしたスキルの特性が不明で、微妙に面倒だった。
思い返してみると、大量の肉を無理矢理食べさせられた後になって、体調がすごく良くなった。回復したキッカケは、この新たに発現したスキルぐらいしか思い当たらなかった。
大食いというスキルについては、その名の通り物を多く食べられるというスキルのようだった。このスキルのおかげなのか、アディの手によって用意され大量の肉は、すべて食べきることが出来ていた。その食いっぷりにアディも驚くほど。
長年の監禁生活でまともな食事をしてこずに、餓死寸前だった筈の胃でも、食べたモノを吐き出すことなく、胃の腑に収めた今も具合が悪くなっていない。
それから勇者のスキルというのは、身体能力を底上げしてくれる物のようだった。スキルが発現する前に比べて、体の奥底からパワーが湧き上がってくるようだ。
「あ」
「お、なかなかやるなぁ」
地面に落ちていた石を拾い上げ、握ってみると粉々になって手からこぼれ落ちた。こんな筋力がある体ではなかった。様子を見ていたアディが褒めてくれた。
スキルが発現してから、体の調子が以前と比べてすこぶる良くなっているようにも思う。劣悪な環境で生活していたせいなのか、いつも感じていた倦怠感が嘘のように消えていた。
死にかけていた瞬間に発現したスキルで、死ににくくなっていたようにも思える。これでは楽に死ねないと絶望したけれど、あの瞬間に起こったお陰で、死期が延びてアディに助けてもらえることもできた。
どちらのスキルについても、いま分かる情報はそれぐらい。
身に付けたスキルと能力の内容は、感覚である程度は分かるような気がしていた。だが、もっと詳しくスキルの特性を知るためには、ちゃんと調べるための道具が必要だった。
今から5年前。判定の日に、僕の魔物寄せというスキルが発覚した時だ。あの時に見た、スキルについて詳しく調べる道具があるのを知っている。
今は、自分が早く走れるというのは何となく自覚して分かるけれど、正確にいうと何メートルを何秒で走れるのか分からない状態だった。調べる為には、距離と時間を測るための計量器が必要だ、というようなものだと思う。
そして分からない正体不明のが魔物寄せというスキル。どの程度の効果があって、範囲はどれくらいなのか。知っていないと、とても困るスキルだと思う。でも今は、詳しく調べることは出来ない。
僕の持つスキル、”魔物寄せ”は今も正常に、と言うべきなのか。正しく効果を発揮しているのは明らかだった。というのも。
「アハハハハッ! ノアと一緒に居ると、どんどん魔物が寄ってくるねっ!」
先程出会ったばかりのアデラヴィという名の女性。彼女が、森の奥からワラワラと集まってきている魔物を、嬉々として打ち倒していっている。
先ほど見せられたアディの装備している大剣は、刃がボロボロになっていて本来の切るという機能を果たせていないような見た目をしている。そんな欠陥武器を鈍器のように扱って、切るんじゃなくて殴って魔物を絶命に追いやっていた。
大剣を振り続けて1時間以上も止まらずに、彼女は魔物との戦闘を楽しんでいる。戦闘というよりも、狩りと言ったほうが正しいか。
もっと正しく言うと、弱い者イジメにしか見えない光景。
「ハァハァ……ッ……。ちょ、ちょっと待って下さい……アディさん」
「遅い遅い! ついてこないと置いてっちゃうよぉ!」
化け物のような底なしの体力だった。後ろで守られて後を付いていくのがやっと。戦っていない僕の方が、体力を消耗して疲れ切っているぐらい。スキルがあり体力もアップしている気がしたのだが、勘違いなのか。
追うのを諦め休憩したら本当にそのまま森と魔物の中に置いていかれそうだった。必死で、先を行くアディの後ろをついていく。
アディの話によれば、彼女の仲間達が近くに居るらしくて合流するために目的地を目指して進んでいるらしいのだが、僕のスキルのせいで魔物が寄ってきている。
まるで、森の中に住んでいる魔物が全部、僕のスキルにより集まってきいているのではと思えるぐらいの大群が続々と迫ってきていた。
場所を移動しないと、魔物に取り囲まれてしまうかもしれない。僕が目を覚ました場所から離れて、アディの目指す場所に到着する必要があった。
アディと僕の二人が進む道に沿って、魔物の死体が積み重なって轍のように通った跡が残っていく。
全部、アディが倒した魔物の死体だった。
幸いなのは、アディの使っている武器が刃で切るのではなくて鈍器として殴っているので、魔物の死体には殴打した跡だけだった事。
後をついていく僕は、魔物から流れ出ていく血を見ずに済んでいたので助かった。こんなにも大量の魔物の死体から流れ出る血の量を想像すると、見た目はもちろんのこと、匂いもヒドイことになりそうだったから。
「ほら、後ろにしっかりと付いてきて」
「うわっ」
アディが、後ろから忍び寄ってきた魔物を殴り殺す。完全に意識外からの攻撃に、僕は驚いて声を上げた。
どの方向にも目があるのかと思えるように、前後左右上下どの向きから襲ってくる魔物でも瞬時に察知して処理するアディ。
今も、僕の後ろに潜んでいたらしい魔物をアディが見つけて殴りつけたらしくて、次の瞬間には地面に転がる死体になっていた。
「んむっ!」
しかも、僕を守ってくれる為なのか恥ずかしがる様子もなく彼女は、僕の頭を抱きかかえていた。息が出来なくなるほど、ギュッと力強く抱きしめられている。頭から彼女の胸の感触が分かるぐらいの重量感があった。彼女の胸から顔を上げ、言う。
「だ、大丈夫です。気をつけますから離して下さい!」
「そうか?」
彼女の服装は、今も薄く頼りない布切れのような物を体に巻いただけの半裸に近い格好だった。
抱き寄せられた箇所の肌が直接触れてしまい、体温まで感じ取れるぐらいに近い。そんな状況に僕の方が恥ずかしくなったので、身体を離すように訴えると、アディは素直に開放してくれた。
「危ないからね。気をつけないと」
本気で心配してくれているのか、僕の顔を覗き込んで怪我がないかどうか確認するアディ。背の低い僕が見上げて、背の高い彼女が見下ろす。身長の差が普通の男女に比べると逆転していた。
監禁生活で栄養もまともに摂れずに成長障害が原因で身長が低くなったのだろう、僕は背が低いのは仕方がない。
それを考慮しても、男の僕よりも遥かに身長が高い彼女。目算では180センチを超えているだろう。男性の平均身長を大きく上回る高身長のアディ。
偶然の出会いだったが、アディに出会えたことは今までの人生の中では一番の幸運だったと思う。今は、彼女がそれ程までに頼もしく思える存在だった。
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