第17話 森の主

 空を全部、覆っているのかと思うぐらいに巨大な何か。それを目にした瞬間、僕は呆然とする。


 その巨体が暴れた。木々をなぎ倒して、森を破壊していく。動くだけでも、余波が凄いことになっていた。


 亀のような甲羅を背に持ち、キリンのように長い首がウネッている。そして、頭にあるギョロッと大きい目玉が僕たちを捉えたのか、コチラに視線を向けて暴れながら近づいてくる。


 男のくせに女性であるアディの腕に抱かれて守られている、という事が恥ずかしいと思っていた。でも今は、守られている事を素直に感謝して安心できるぐらい、その巨体からのプレッシャーを感じた。


 しかし女性陣は、恐怖を感じることは無いみたいだった。むしろ嬉しそうにして、おおッ! と声を張り上げて、その巨大な魔物に挑もうとしている。


「いいね! すごい大きい、歯ごたえがありそうな奴だな。ワクワクしてきたぞ」


 ジョゼットは、小さな背で巨大な魔物を見上げながらニヤリと不敵に笑った。今の心境を口に出している。そして、何処からかグローブを取り出すと拳にはめた。


 今までは、素手の拳で魔物を殴り倒していたジョゼットが、グローブを装着した。全体が白色の金属で、甲には金のエンブレムが付いた仰々しい装備だ。巨大な魔物を目の前にして、彼女は本気になったという事が見ただけで分かった。


「あれは、この森の主ってやつかな」


 手を顔の前にかざしながら、冷静な表情で魔物を観察していたセレストが、小声で呟いた。


 そういえば、この森に凶暴な魔物が住んでいるという話を街の人が言っていたのを思い出す。そしてどうやら、あの巨大な魔物が”強力な魔物”であるらしい。


 徐々に魔物は移動し近づいてきて、木々が裂けて、バキバキと割れるように折れている音が森の中に響き渡る。一定の間隔でドシンドシンと地響きが起こっているのも聞こえてきた。振動も体で感じる。


 巨大生物は、這うようにして歩きながら、徐々に近寄ってきているようだ。


 存在しているだけで、巨体から生み出されるとんでもないパワー。僕なんか近づかれたら踏みつけられて、一瞬で死んでしまうだろう。


 それなのに、彼女たちは躊躇いもなく魔物の足元に突っ込んでいく。


「ウラァアアアアアアッ!!」

「オゥラァ!」

「死ねぇ!!」


 突っ込んでいったドリィとニアミッラが気合を入れる為なのか、叫び声を上げて、魔物に斬りかかる。


 ジョゼットは魔物に向かって暴言を吐きつつ、ついでのように殴る。女性が出したとは思えない奇声と、荒々しい言葉。


 先ほどまで戦っていた魔物とは違って、一撃で倒れなかった。けれど、ダメージはちゃんと与えられているのか。魔物は攻撃されると、唸り声をあげ苦しんでいるように見えたから大丈夫そうだ。


「よし、私も行こうかなっと!」

「後ろから、皆の援護をするわ」


 ミリアリダが大斧を振り回して魔物に突っ込んでいくと、すぐにセレストが遠距離から弓矢を打って巨大な魔物に攻撃を加えていく。


 ドンドンと戦闘に参加していく女性たち。誰も巨大な魔物に圧倒されている様子はなく、心の底から戦闘を楽しんでいた。


 巨大魔物は前足と思われる部分を、ブンと振り回して踏みつけようとしてくきた。だが、ジョゼット達は攻撃を軽やかに避けて距離も取らず、再び接近して間断なく、攻撃を加えていく。


 すると、次第に魔物の体に血が吹き出る傷が増えていき、咆哮も最初に比べて声も小さく弱ってきているのが観戦している僕にも分かった。


「一気に仕留めるぞ」

「おう」「了解」「いくぞー!」


 ジョゼットの掛け声で、ドリィ達の動きがより一層スピーディになる。その動きに魔物は為す術がないようで、立ち止まって耐えるしか無いようだった。


 数分の出来事だったのか、もしくは1時間以上も経っているような感覚。ついに、巨体が大きく仰け反って地面へと倒れ込む。最後の一鳴きというように、魔物が声を上げた後は、もう音は聞こえなくなった。


「素材の回収~♪」


 アディと僕の側で遠距離から攻撃を続けていたセレストは、倒れた魔物を目にすると御機嫌になって走り寄っていった。


「ふぅ、満足満足」

「楽しかった」

「お酒が飲みたい」


 一仕事を終えたという風に戻ってきたジョゼットは、言葉通りに満足しているようだった。あんな大きな魔物を直前まで相手にして倒したとは思えない、余興を楽しんだだけ、ぐらいのテンションで平気そうだった。ミリアリダもニラミッラも。


「皆さん、大丈夫なんですか?」

「え? あれぐらい平気よ」


 僕は信じられない気持ちで問いかけると、ドリィは逆に何を騒いでいるのかと疑問に思っているというような顔で僕を見返してくる。


 確かに、ジョゼット達の実力を目の当たりにすれば本当に平気なのだろうと思う。改めて、彼女たちの常識離れした戦闘力を目の当たりにした、という気持ちだった。


「けど、本当にコレのおかげで魔物を惹きつけられたね」


 戦闘後に僕へと近づいてきたミリアリダが、汗を流したという匂いを漂わせながら僕の顔をこねくり回すように触る。


「勝手に触らないで。あたしのモノなんだから」

「いいじゃん、ちょっとぐらい!」


 アディが僕を腕の中に抱いていて、ちょっかいを出してきたミリアリダの手が僕に届かないようにと体を反転させる。


「ほら、二人共ケンカはしない」


 ジョゼットが、アディとミリアリダ2人が喧嘩しているのを注意して止める。

 そして、僕に視線を向けてきた。


「まぁ、とりあえず。その子の魔物寄せってスキルの効果は実証は出来たから、後は私達の国に早く帰ろうか」

「「「はーい」」」


 ジョゼットの言葉に、アディ達みんなが一斉に元気よく返事をした。

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