第6話 遭遇

「今日もいい天気だなぁ」


 前を歩いているアディが、ボソッと呟いた脳天気な言葉を聞いて、僕の体から力が抜けていた。本当に仲間たちと合流する気があるのだろうか、不安な気持ちが大きくなっていた。まだ僕たちは、出口もわからない森の中でさまよい歩いていたから。


 確かに、空を見上げてみれば雲ひとつない晴天で、アディの言う通り見れば気分が良くなるような、いい天気だった。しかし、僕はなるべく早く誰か人が生活している街に辿り着きたいと思っていた。



 道中でアディから、いくつか話を聞いていた。彼女の仲間は獲物を求めて森の中をさまよっていたらしい。



 なぜアディが仲間からはぐれて、1人だけで行動していたのか聞いてみた。


 彼女の話によると、勘が告げる方向に獲物が居るのを感じ取ったらしい。抜け駆けしようと1人で飛び出してきて、仲間とはぐれて別行動していたのだという。


 森の中で単独行動していたアディ。そして、その勘の告げる先に向かって居たのが僕だったそうだ。


「強敵の魔物よりも、ずっと良いモノを見つけられたね!」

 

 とは彼女の言葉だった。助けてもらえたから良かったものの、そんな偶然によって僕は生き残る事ができていた。そう考えると寒気がする。その偶然がなければ、今頃僕は間違いなく死んでいただろうから。


 僕を拾ったアディは、勘を頼りにして森の中を彷徨って仲間を探している、というわけだった。そんなので果たして本当に見つけられるのか、と僕は心の中で思ったが口に出さない。


 アディが仲間と合流できるかどうか、ここにきて絶望的でもあった。本来アディの住んでいる場所は、ずっと遠くの国境を超えた先だそうだ。この王国の出身じゃないらしいから、土地勘もないと言う。


「セレストなら土地や道に詳しいから、まずは彼女を探し出して森を抜けようね」

「セレスト? 僕もよく分からないので、お任せします」

「いいよ、任せておいて」


 セレストというのは、アディの仲間の名前なのだろう、女性らしい響きの名前だ。頼りになる人らしいので、その人に出会えるように僕は必死に祈る。


 自信満々のアディの後をついていくしかない。街には向かわずに、というか位置が分からないので向かえずに、仲間探しを優先しているアディに付き従う。勘だけしか頼りになる情報がない、彼女の進む方向は覚束なかった。


「あれ?」


 と思っていたら、前方に幌付き馬車が止まっているのを僕は発見した。こんな森のど真ん中に止められている不自然な馬車にアディも気がついたようだ。僕とアディが一緒の方向に視線を向ける。


「あの馬車は、探していた仲間ですか?」

「ん……? いや、違うと思う。見覚えのない馬車だもの」


 残念ながら、目的だった合流したい仲間達では無かったようだ。だが、馬車があるのならば、誰か人がいるのだろう。


 もしかすると、近くの街へ向かう道を教えてもらえるかもしれない。とりあえず、情報をもらいたい。


「私の仲間なら、あれぐらいの魔物はすぐ倒してしまえるもの」

「え?」


 アディの言葉を聞いてよく見ると、馬車は止まっていたのではなく止められていたのだと分かった。魔物に襲われて。


 馬車が森の中で魔物に襲われていた。狼のような大型の獣に見える魔物が何十匹も集団で、止まっている馬車を取り囲んでいる。


「た、助けないと!」

「んーっと……、まぁいいか」


 何か気に掛かることがあったのか、一瞬だけ躊躇したアディだったが次の瞬間には大剣の鈍器を振り上げて、馬車のある方向へ突っ込んでいった。僕も、走って彼女の後を追う。


「おりゃっ!」

「キャァィン!?」


 不意打ちで、一番近くに居た魔物にアディが一撃を食らわせた。鳴き声を上げて、絶命する魔物。


 馬車を囲んでいた他の数匹の魔物がアディに気が付きターゲットを変えた。ついでのように、僕にも危害を加えようとターゲットをこちらに向けてくる。


「誰だっ!」


 馬車の近くで剣を支えに膝立ちになっている男戦士が叫んだ。襲われていた馬車の護衛だろうか。


 その人は先程まで魔物と戦っていたのだろう、血と汗を流している。顔色も悪い。森の中で突然現れた、僕たちにも警戒しているようだった。


「はい、終わり」


 アディがそう言い終わる頃、馬車を囲んでいた数十匹の魔物は全て絶命していた。あまりの早業に戦士が唖然としている。


 姿を現してから言葉を交わす前に、全部終わらせてしまったのだから。


 だが、しばらくして気を取り直したのか、表情を厳しく変えてから立ち上がると、僕たちと向き合って質問を投げかけて来た。


「何者だ」


 戦士は手に持つ剣を腰の鞘に仕舞わず、抜き身のままで僕らと対面する。強く警戒されているのが分かる。


 馬車の近くには他にも人が倒れているのが見えた。ローブを着て魔法使いのような杖を持った女性、全身鎧を着込んだ大男が、地面に仰向けになって倒れて苦しそうな唸り声を上げているのも聞こえる。死んではいないようだ。


「実は僕たち、道に迷ってしまいまして。ここから、一番近くにある街へ行くための道を教えて欲しいんです」

「……」


 アディの代わりに、僕が受け答えする。


 自分でも怪しいとは思いながらも、目的だけを簡潔に告げる。彼らは沈黙のまま、答えてくれなかった。


 僕らが何者なのか、説明のしようがない。だがしかし、ちゃんと説明をしなければ信じてもらえないだろうな、やっぱり。


「教えてもらえ無さそうだから、もう行こうよ」


 アディが少しでも動くたびに、戦士がピクピクと反応しているのが見て分かった。魔物を圧倒した彼女に対する警戒が強く、アディの言う通り街への道順は教えて貰えそうになかった。


 早々に諦め、というか会話するつもりも無いらしいアディは、その場から離れようと先に歩き出す。


「待って下さい!」

「聖女様、馬車の外に出ては駄目ですッ!」


 放って行こうとしたアディ、その後に仕方なくついていこうと歩き出した僕たちの背中に呼びかけてきた女性が1人。


 止まっていた馬車の中には、人が居たらしい。飛び出してきた聖女と呼ばれた女性と、引き留めようとする女性の二人。


「助けていただいて、ありがとうございました。ほら、フェルマン。貴方も、お礼を言って!」

「ッ! 危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」


 聖女と呼ばれていた少女は馬車の中から降りてきて、その姿を表した。全身を覆うような真っ白なローブを身に纏っていて、神秘的な姿だった。


 そんな彼女が頭を下げて、助けたお礼を俺たちに伝えてくれた。


 その彼女が主なのだろう。戦士は、聖女と呼ばれている彼女の指示を受けていた。フェルマンと呼ばれた戦士の男は、言われた通り頭を下げて感謝の言葉を口にする。警戒する様子は解かずに、納得していない表情で。


 なんだか、厄介ごとの雰囲気を感じた。

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