第34話 対峙
「絶景であるな!」
ニト王が、その光景を眺めながら両手を大きく広げて、嬉しそうに大声で言った。森の向こう側から、隣国の推定戦力が1万人という敵軍が攻めてきていた。
僕らは、小高い丘の上に陣取った後方に待機していた。そこには、大将のニト王が居て、今回の参謀を務めるセレストや他にも何十人かのアマゾネスたちが、これから始まる戦いに備えていた。
森の向う側にある、草原から敵軍が迫ってきている。
しばらく体を鍛えてきた影響なのか、僕は目もよく見えるようになっていて、遠く離れている丘の上から、敵の様子がハッキリと見えていた。
迫ってくる集団の中心に、あの聖女が居るのが見える。その周囲には、聖女と同じような格好をした男女がいた。僕とアディが過去に、ネフィアニルの街に入るときに着替えさせられたことのある、あのローブだ。教会信者の制服なのだろうか。
ということは、集団の中心にいる彼らは教会の関係者。実質、隣国の権力を握っているのは教会の人間である、という情報は本当なのだろうな。
その周りにいる人たちは、革命を成功させるために戦った者たちだろうか。武器を持ちながら並んで、進軍の勢いをゆるめようとしない。
内戦が終わって、また新しい戦いを始めようとしている。大変だろうに。遠くから見た感じだと、やる気に満ちているように見える。希望に満ち溢れた顔をしていた。革命が成功したことによって、まだまだ士気が高い状態を維持しているようだった。敵としては、とても厄介そうだ。
「全員、配置につきました」
「そう」
森の中から、丘の上に駆け上がってきた女性がセレストに報告する。報告を受けたセレストは静かに頷いて、伝えに来てくれた女性を休ませる。
前線にいるアマゾネスの女性たちは、森の中に潜んで攻めてくる敵軍を迎え撃つ、という準備をしていた。草原から森の中に立ち入ったら、その瞬間に侵略とみなしてアマゾネスたちの迎撃が開始される。
今、迫ってきている敵軍の推定戦力は1万人だという予想に対して、アマゾネスは1000人ほど。他のアマゾネスたちは、街の防衛や他の場所からの侵略を防ぐため別の場所に配置されている。だから、この場所での戦いに出られる人数は1000人が最大だった。
単純計算で、10倍もの戦力差がある。数だけを見てみると圧倒的に不利だった。けれども、質では負けていないはずだ。
敵軍と同じように、アマゾネス全員の戦意が高い。もとから戦いを行う意思が強い人たちばかりだから。魔物との戦いと変わらず、人間との戦いでも楽しみな様子だ。戦いに出る前、かなりの戦力差があるというのに誰も不安そうな顔を見せなかった。
しかも防衛戦、森の中という立地での戦い。普段から魔物と戦ってきて慣れているアマゾネスたち。戦いの場所としては、アマゾン国の戦士が断然有利だろう。
ニト王やセレストの表情も、負けるつもりは一切ないようだった。
だが、前線に出ているアディが僕は心配だった。そうそう負けることは無い、とは思う。けれども万が一、失敗して大きな怪我を負ってしまう、なんてこともあり得るかもしれない。戦争を知らない僕は、心配だった。
アディだけじゃない、ドリィやジョゼット、ニアにミリアなど今までに知り合った前線に出ている女性たちが傷つくことが怖い。
こんな事になってしまったのは、僕の持つ魔物寄せというスキルが原因だと聞いている。戦争を仕掛けるための理由にされてしまった。そんな僕が、後方でのうのうと待機している。
前線に行ったとして、役に立てるとは思わない。けれども、こんな場所で待機していても役には立てない。
なぜ、セレストは僕を戦場に連れてきたのだろうか。ニト王は側に僕を待機させるのだろうか。戦闘前の緊張した状況で真意は聞けなかった。分からないけれど僕は今、後方で待機している。
もうすぐ戦場となろうとしている場を目の前に、僕は何か役に立てないだろうか。戦争を止められないにしろ、アディたちの危険を減らす手段は無いだろうか。
使者から要求されていた僕が、敵軍の目の前に名乗り出て、魔物寄せスキルを持つ者として処罰を受けたのなら、戦いを止められないだろうか。交渉する余地は、ないのか。
「安心しなさい、ノア」
「え?」
気がつくと、俯いて思い悩んでいた僕に突然、セレストが優しく声をかけてきた。見上げる。彼女は口元を緩めて、不敵な笑みを浮かべていた。
「誰も死なないから」
「本当に?」
問いかけると、セレストの力強い頷きが返ってきた。すると、近くで敵軍の様子を観察していたニト王も、話しかけてきてくれた。
「フハハハ! そうだ、安心せい。我らが勝つ!」
根拠はないというのに、力強いニト王の言葉を聞くだけで安心することができた。これから戦いが始まろうとしている場所で、言葉だけで気分を楽にしてくれる。
体の奥がブワッと熱くなり、本当に楽々と勝てそうな気がしてくる。
近くにいたアマゾネスたちも、ニト王の言葉を聞いて更に士気が高まったようだ。戦いを目前にして、すごい人たちだと僕は思った。
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