第3話 ロイコクロリディウム その五



 ドロドロのろうのようになって、穂村が溶けた。


 磯福も雄叫びをあげる。

 両目が膨張し、触覚が伸びる。そのようすは、まるでカタツムリ。

 だが、とびかかってくる前に、龍郎の右手の光に焼かれて畳の上に倒れた。


 ——と、どこからかドンドンと音がする。押入れの戸が揺れていた。さっき、剣の切っ先をとりだしたのとは逆側のほうだ。


 龍郎はそこを開けた。

 なかに口をふさがれ、縄で縛られた穂村が閉じこめられていた。


「穂村先生!」


 急いで、さるぐつわを外す。

 穂村は青ざめた顔でつぶやく。


「昨夜、急に、団地のまわりに変なやつらが……」


 どうやら本物は生きていたらしい。

 ちょっと安心した。


「もしかして、磯福も閉じこめられているんじゃ?」


 穂村のロープをほどき、三人で外廊下へ出る。そこには、たくさんの人が集まっていた。近所の人たちだ。来るときにすれちがった主婦や小学生やサラリーマン風の男など。


 もちろん、人間に化けた“寄生虫”だ。

 見ている前で、彼らの容貌は崩れ始めた。ボコボコと人間にはない妙なものが、顔や腕や、あちこちから出てくる。

 そんなものが数えきれないほど、こっちに向かって押しよせてくるのだ。


 ひるみそうになった。が、龍郎が右手をかかげると、化け物どもはあとずさる。殴ると簡単に焼けて崩れる。


「青蘭。穂村先生。離れないで」


 二人を背中にかばって、横這いに歩いていく。どうにか、磯福の部屋まで来た。ドアノブをまわすと開いた。こっちは押入れを調べるまでもなく、縛られて畳の上に転がされている。


 青蘭と穂村を室内へ押しこむようにして、磯福の部屋に入る。すぐに鍵を閉め、チェーンもかけた。


「おい。磯福。大丈夫か?」


 ペチペチと頰を叩くと、磯福は意識が戻った。


「た……龍郎か? 助かった。あ、アレ……いったい、アレ、なんなんだ?」


 磯福と穂村は、かなり混乱している。

 二人にクトゥルフの邪神のしもべだなんて言っても、理解されないか、よけいに恐れさせるかのどちらかだ。


 龍郎は無言のまま、窓から外を見た。

 木立のあいまから墓地が見える。

 視線を下方にむけると、二階の真下の部屋の窓が開いていた。さらに、その近くに背の高い庭木がある。枝が二階の部屋のすぐそばまで伸びている。二階の窓を足場にすれば、枝に移っていけそうだ。


「ロープがある。あれを使って、ここから逃げだそう」


 龍郎一人なら、外廊下にいる全部のクリーチャーを退治することもできた。青蘭をかばいながらでも、なんとかなっただろう。だが、守る人間が三人もいては、それは厳しい。今は逃げることしかできない。


 磯福の縛られていたロープを龍郎が示すと、ほかの三人はうなずいた。ロープの端をデスクの脚に結び、一人ずつおりていく。


 なんとか、逃げだせた。

 裏庭から建物を見あげると、あらゆる窓から、鱗のある人型の何かが覗いていた。この団地はもう、やつらに占拠されてしまっている。


「この前いたのは、まだ人間の霊だった。でも、あれは化け物だ。どうして、こんなことになったんだろう? 地蔵だって、もとの場所に戻したのに」


「……たぶんだが」と、穂村がつぶやいた。

「ヤツらは君たちを探しているようだった」


 龍郎と青蘭を。

 つまり、苦痛の玉と快楽の玉を、ということか。

 龍郎たちの存在が、超古代の何者かを目覚めさせてしまったのかもしれない。


「龍郎さん。とにかく、ここから離れよう」

「そうだね。青蘭」


 しかし、駐車場に自動車をとりにいくゆとりはなさそうだ。化け物どもが窓ぎわから消えている。龍郎たちを追いかけてきているようだ。


 林のなかへ走っていった。

 木々のあいだに身を隠しながら逃亡する。


 林をぬけると、さっき見えた墓地があった。驚いたことに、墓石が倒れ、あちこちに穴があいている。まるで、そこから死体が這いだしてきたとでも言うかのように。


「まさか、アイツらがかぶってる皮って、死体か?」

 龍郎の言葉を聞いて、穂村が頭をひねる。

「いや、いくらなんでも土葬されてるわけじゃないからな」


 すると、青蘭が補足する。

「火葬された死体でも、呪術的に肉体を復活させて蘇らせることはできる。ヤツらは動く死体だ。死体のなかに奉仕者が寄生してる」

「なるほど」


 でも、それは、深きものたちより、もっと脅威的な存在が近くにいるということを指しているのではないだろうか?


 魔術で死体を蘇生し、下僕を宿らせることができるもの。

 それは……。


 そのとき、穂村が言った。

「ここだよ。私があの矢じりなどを見つけたところ」


 墓所の外れに、大きな石がたくさん倒れている。かつてはきれいな円形を描いていたのではないかと思える配列だ。あきらかに誰かの意思によって並べられたふうだ。


「古代の……祭事場かな? ストーンヘンジに似てるね」


 言いながら、龍郎たちは石で囲まれた円のなかに入っていった。


(あれ? おかしいな。でも、このあたり一帯は丘を切りくずされて開発された土地なんだろ? こんな遺跡が、そのままの形で残ってるわけがない)


 残っているとしたら、それは最近になって、誰かが組み立てなおしたということではないだろうか?

 いったい、誰がそんなことを?


 考えていると、とつじょ足元が激しく鳴動した。

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