第3話 ロイコクロリディウム その三



 軽自動車を団地の駐車場に乗り入れると、なんだか敷地のなかがあわただしかった。


 人影がやけに多い。


 この前、ここに来たときは空室が目立っていたが、今は駐車場にもたくさんの車が停まっている。なかには引越し業者のトラックから、今まさに荷物をおろしている人もいる。


「ふうん。急に入居者が増えたんだな」

「そうだね」


 話しながら、玄関口のエレベーターまで歩いていった。

 すれ違った住人が軽く頭をさげてくる。龍郎も会釈を返した。一、二階の住人なのか、エレベーターには乗らずに廊下のほうへ歩いていった。


 なぜか、青蘭は顔をしかめている。


「どうしたの?」

「えっ? うん。なんでもないよ」

「そう?」

「うん」


 たしか穂村の部屋は磯福と同じ階だ。磯福の部屋が三階だから、エレベーターで三階まで上がる。


 エレベーターを出ると外の階段とつながり、玄関前の外廊下へ出る。

 そこまで来て、龍郎はギョッとした。

 三階のほぼすべてのドアが、わずかに開いているのだ。そのすきまから、何かがこっちを覗いている気がした。


 龍郎が立ちすくむと、青蘭も背中にひっついてくる。


「龍郎さん……」

「うん」


 すくんでいると、ドアはいっせいに開いた。それぞれのドアから買い物に出かけるようすの主婦や、走りまわる小学生、制服の中学生などが現れ、こっちへ向かってくる。


「こんにちは」

「こんにちは」

「こんにちは」


 みんな、にこやかに声をかけてきた。


「あっ、どうも。こんにちは……」


 龍郎たちと入れ違いにエレベーターのほうへ歩いていく。


(なんだ。たまたま、出かけるタイミングが同じだっただけか)


 そう自分に言いかけせるが、なんとなく納得いかない。飲みくだせないモヤモヤが胸のあたりに残った。


 磯福の部屋の前を通りすぎると、一つとばしで、穂村と表札のかかったドアがある。さっき、磯福の部屋とそこだけドアのすきまが開いてなかったので、そこではないかと推測していた。


 龍郎は穂村の部屋の呼び鈴を鳴らした。部屋のなかでピンポンとチャイムが鳴った。しばらくして、穂村がドアを開ける。


「遅いじゃないか。さっ、入ってくれ。待ってたよ」


 まだ九時前だが、穂村が強引なことは昨日で理解していた。


 狭い六畳一間のワンルーム。

 穂村の部屋は、さらに本やら土器やらなんやらで、足の踏み場もない。龍郎から見ればガラクタにしか見えないものが多い。この部屋のどこで寝ているのか疑問に思うほどだ。


「えーと……どこにいればいいですか?」

「ここに座ってくれ。茶でも飲むか?」

「いえ。いりません」


 キッチンも小箱に入った貝だの、変な小瓶だの、土偶だのに占領された部屋で、どうやって茶を淹れるというのか。考えるだに恐ろしい。何を飲まされるか知れたものじゃない。


「あの、それより、ここが超古代の遺跡だった証拠を見せてくれるとおっしゃってましたよね? さっそくですがお願いします」


 言うと、穂村は目を爛々らんらんと輝かせた。


「そうか! そんなに聞きたいか。興味が出てきたんだな? いいことだぞ」


 興味は、たしかに湧いてきた。

 今日のあの夢。

 あれを見たのは、穂村から預かっていた虹色の矢じりの影響にまちがいない。矢じりの持つ記憶とでも言うべきか。


(天使と人魚が争っていた。いや、天使が人魚たちの里を襲撃していた。侵略か、討伐か。そんな感じだった)


 あの人魚たちは、おそらくクトゥルフの邪神に仕える奉仕種族だ。形態から言って、深きものと呼ばれる水棲すいせいの種族だろう。


 つまり、この場所に穂村の言うとおり、遥かいにしえに邪神を崇める奉仕種族の里があった。それが、この団地を作るときに切りくずされた丘であり、この場所で今でも怪奇現象が起こる理由に違いない。


(天使と邪神は敵対していたんだ。天使は戦うための存在。天使も誰かの奉仕種族のようなものなのかもな)


 そして、そのなかにはアスモデウスもいた。まだ天使だったころのアスモデウスが。

 これで興味が湧かないわけがない。


「昨日の矢じりのほかにも、いろいろあるって言ってましたよね?」

「あるよ。こっちに来てくれ」


 手招きされて、奥の六畳間に移動する。

 この大量のガラクタの山のなかに、貴重な宝が眠っているのだろうか? 発掘するのは、そうとう大変そうだ。


 が、龍郎の予想に反していた。穂村が押入れの襖をガラリと開けると、なかは意外にも整然としていた。上下に引き出し付きのボックスが大小並んで積みあげられている。


 穂村はボックスのどこに何が入っているのか把握しているらしく、迷うふうもなく一つのボックスを引きあけた。

 なかには、折れた剣の刃のようなものが収められている。矢じりと同じ、不思議な色のきらめきを持つ刃だ。


「これを見つけたときは驚いたよ。その前の夜に夢を見たんだがね。夢のなかで誰かに呼ばれたみたいな気がした。朝一番に外に出たくなって、なんとなく散歩してたら、これが落ちてたんだ。そこの地層を調べると、次々と出土品が出てきた」


「それ……持たせてもらってもかまいませんか?」

「ああ。かまわないよ」


 なんだか、惹かれる。

 ムリを言ってふれさせてもらった。


 なんだろうか。

 その刃を手の平に載せたとたん、胸の奥が痛んだ。むしょうに切ない。


(あっ……この感じ。同じだ。青蘭に初めて出会ったときと……)


 自分でも知らないうちに涙がこぼれていた。

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