第3話 ロイコクロリディウム その二
夢を見ていた。
青蘭と布団をならべて目をとじたあと、やけに頭の片隅にまぶしい光のようなものを感じた。
目を閉じているのに景色が見える。
廊下をはさみ、あいだには何枚も襖がある。それなのに、客間に置いた矢じりが、強烈な光を放ち、龍郎の頭のなかにまで映像を送ってくる。そんな感覚に陥った。
虹色の光がじょじょに、いや増してくる。その光が家中にあふれ、龍郎はしだいに意識が
そして、夢を見ていた。
夢のなかで、龍郎は龍郎ではない別の存在だった。背中の翼を羽ばたき、海原の上空をホバリングしている。周囲にはたくさんの仲間がいた。
みんな、白い肌に金色の髪、青やグリーンの瞳。それに背中に両翼を持っている。夢のなかにわずかに残る龍郎の意識で概算すると、身長が三メートル前後ある。
(天使……か?)
どの個体も整った顔立ちをして美しい。白目が見えないくらいに瞳が大きく、睫毛が異様に長い。肌もつるつるして、なんとなく人形のようだ。手足の数も目鼻の数も、その翼以外、身体的にはほぼ人間と同じ特徴だが、人間より全体に優美な生き物だ。
彼らはそれぞれ、弓や剣や槍を手にしていた。それらの武器には、虹色に光る、石のようでもあり金属のようでもある刃がとりつけられている。
眼下には海が広がっていた。岩場が多く、かなり遠浅らしい。岩場に
人……いや、人間ではない。
もっとおぞましいものだ。
だいたい人型をしているのは、天使たちと同じだ。
だが、見るからに薄気味悪い。緑色の鱗に全身が覆われ、あごの下から触手のようなエラがたれさがり首まわりを囲んでいる。手足のバランスも悪く、腰から下にも、吸盤のあるたくさんの触手がウネっていた。カタツムリのように両眼がとびだしている。
(人魚だ……)
何度か、クトゥルフの邪神に仕える者たちとして、その姿を見たことがある。龍郎が見たのは、まだ人間の形をとどめている者だったが、そこに集まっているのは、もはや人とはかけ離れたクリーチャーだ。
おそらく、これがヤツらの完全体なのだろう。形態の異なるものが何種類かいるが、どれも化け物としか言えない。汚く、醜い。
千か二千か、あるいはもっと。
半魚人たちは群れをなしている。
周囲の島の上に祭壇らしきものや、海中から現れたオベリスクのような石の建造物がある。どうやら、この海辺は彼らの住処だ。
上空の天使たちは仲間内で合図を送りあう。化け物たちを急襲するつもりのようだ。
先頭に位置する天使を龍郎はながめた。その麗しいおもてを見て、驚愕する。天使たちのなかでも、ことに美しい二つとないその美貌。
知っている。
その姿を龍郎は見たことがあった。
以前、青蘭の作りだした過去の記憶の具現化された空間のなかで。
魂を失い、死の眠りに落ちた器だけの存在として。
「アスモデウス……か?」
アスモデウスは首をかしげて、龍郎をかえりみた。
「戦の前だ。気をひきしめなさい」
名前を呼ばれた気がした。
やがて、天使たちの襲撃が始まる。
波間に
龍郎の意識は、ぼやけていった。
気がつくと、布団のなかで仰向けになっていた。となりには青蘭が眠っている。つけっぱなしの電気スタンドの光で、恋人の寝顔をじっくりながめる。
やっぱり、似ている。
まちがいなく、青蘭の造作は、比類ない美貌を誇るアスモデウスの
青蘭がアスモデウスの魂だというアンドロマリウスの主張は正しい。それは明確な事実なのだと、龍郎は痛感した。
(悪魔のアンドロマリウスが一目惚れしたっていうのも、うなずける。神々しかった。存在するだけで、眩しいほど輝いていた)
あのころの存在に青蘭を戻してやりたくないのかと、以前、アンドロマリウスは言った。
そうしてやるのが、青蘭の幸せなのだろうか? いつまでもずっと人間のままで、自分のとなりにいてもらいたいと願うのは、龍郎のワガママだろうか?
(青蘭のなかのアスモデウスの記憶を呼び起こす……そうしないと、アンドロマリウスを復活できない。でも、もし、自分が天使だったことを思いだしたら、青蘭はどうするんだろう? 完璧だったころの自分に……智天使のころのアスモデウスに戻りたいと思うだろうか……?)
不安なまま一夜がすぎた。
翌朝。
目をさました青蘭とともに、龍郎は出かける準備をした。
サンドイッチはスウィーツのうちらしく、清美が朝食を作ってくれていた。卵サンドとハムサンド、バナナサンドだ。卵はゆで卵ではなく、卵焼きが挟んである。ハムサンドの味が微妙だが、卵とバナナはひじょうに美味しい。とくに卵のなかにチーズが入ってるのがいい。
「清美さん。今日は穂村先生に呼ばれたから、またあの団地に行ってくる」
清美は卵サンドをモグモグしながら、半眼になる。
「危険ですねぇ。悪い予感がします」
「……それは、夢のお告げかな?」
「はいです。昨日、変な夢を見ました。天使みたいなのが半魚人みたいなのと争ってるんですよね」
龍郎は青蘭の顔色をうかがった。
もしも青蘭もあの夢を見たとしたら、夢のなかでアスモデウスだったころの自分を認識したのだろうかと。
しかし、青蘭は好物の卵サンドを頬張って、ご満悦だ。
龍郎は、そっと安堵の吐息をつく。
「ふうん。清美さんの予知夢は当たるからなぁ。なんか、他には?」
「よく覚えてないけど、カタツムリにご用心でした」
「カタツムリか」
しかし、行かないわけにもいかない。
「ごちそうさま。行ってきます」
「あっ、龍郎さん。ピカピカの石器、忘れてますよ」
清美に言われ、思いだす。
「あっ、そうだった」
穂村から渡された虹色の矢じりをポケットに忍ばせ、龍郎は出発した。
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