第五話 白と黒
第5話 白と黒 その一
龍郎と青蘭がM市内の宝飾店に入っていく。
フレデリックは今日も二人の尾行だ。
なぜかはわからないが、リーダーのリエルから、そういう命令を受けている。彼ら二人がほんとうに危地に陥るまでは、ただ監視していろと。
そして、片時も目を離すな——と。
おかげで毎日、二人がイチャイチャするところを見せつけられて、どうにもおもしろくない。
たぶん、自分は青蘭に惹かれ始めているのだろうと思う。
最初は、昔、好きだった人の忘れ形見というだけの存在だった。
青蘭は星流の面影をあまり継いでいない。おそらく、面差しは完全に母親似だ。少年のように細身の体形だけが、星流とそっくりだ。
だから、どちらかと言えば、初めて会ったときは、あまりいい印象はなかった。なにしろ、青蘭の母は、フレデリックから恋人を奪った憎い相手だ。
それとも、恋人だと思っていたのは、フレデリックの一方的な思いこみだったのだろうか? 星流のほうは、そうは思っていなかったのか……。
フレデリックを今の組織に誘ったのは、星流だ。星流がいなければ、フレデリックはエクソシストになどなっていなかった。
子どものころから、他人にはない力が自分にあることは知っていたが、そのせいで毛嫌いされてもいた。
ヨーロッパの片田舎の貧しい家庭に生まれた。とても閉鎖的な小さな農村。あたりはすべてオリーブ畑。
住人のほとんどが親戚といった地域で、フレデリックのような特異な子どもは目立ちすぎた。
死者の声が聞こえる。死者の姿が見える。人の死を予言する。
そんなふうに噂されるようになってすぐ、フレデリックはさらわれた。まだ五歳にも満たなかった。生まれ故郷のことは、ぼんやりとしか覚えていない。両親や家族の顔も。
フレデリックを誘拐したのは、カルトな教団の過激派だった。イスラム国のような、人を殺すことをなんとも思わない集団だ。
物心ついたときにはそこにいて、フレデリックは当然のように少年兵として訓練されていた。楽しいことなど何もない。殺伐とした日々だ。
そこでは感情を持つことは悪だった。教祖の言うとおりに無力な人々を襲い、殺すことだけが正義。
フレデリックは教祖の神性を具現化させる上で、ひじょうに貴重なコマではあったが、それでも、信者という名の教祖の奴隷の一人にすぎなかった。失敗すれば鞭で打たれた。満足な食事を与えられないことも、たびたびあった。
世界に色がついているとも思えなかった。血の色でさえも灰色に見えた。
少年のフレデリックは、ただひたすらにモノクロの世界のなかで、虚しく時間をつぶしていた。何も生産せず、破壊のみに労力を費やした。
だが、そこに彼が現れたのだ。
新薔薇十字団の一員である、青蘭の父、八重咲星流が。
あのときの鮮烈さを、フレデリックは今も忘れない。
その夜、フレデリックは教団のアジトの外で見張りをしていた。教団は警察からマークされていたから、テロを起こすたびに、ひんぱんにアジトを変えた。都市のどまんなかで、ワンルームのアパートを転々とした。
そのときは、とくに世間を騒がせた大事件を引き起こした直後だったので、信者の一人が所持する田舎の古城にひそんでいた。
周囲に建物はない。
荒野だけが、どこまでも広がっている。いつもフレデリックが見ている灰色の景色だ。美しいものなど、この世には存在しない。
だが、そこに、星流はやってきた。
星流はフレデリックより八つも年上だが、初めて会ったとき、てっきり年下の少女だと思った。切れ長の双眸の神秘的な少女だと。
その人が荒野の端に現れ、一歩ずつ近づいてくる風景が、とつぜんカラーに見えた。
星流は白いTシャツとデニムを着ていた。その白はモノトーンのなかのくすんだ白ではなく、陽光を反射して明々と燃えるような純白だった。
(まぶしい……)
誰も近づけるなと言われていたのに、フレデリックは思わず、その姿に目がくらんで、ぼんやりしていた。
すると、彼女は目の前まで近づいて、親しげに手をふってきた。
「ハロー。君、このうちの子? 僕と同じくらいだね」
その声を聞いて、初めて相手が男だとわかった。声変わりしていたからだ。それでも、まだ同世代だろうと思っていた。相手が銃の使いかたも知らない無力な少年だと勘違いした。
「おまえ、なんだ? 帰れ」
「観光で近くまで来たんだ。道に迷ったみたい」
「じゃあ、さっさと行けよ。ここは個人の所有地だ。勝手に入ったら親父に捕まって、ヒドイめにあうぞ」
近づく者は全員、なかへつれてこいと命じられていた。もちろん、なかへ入れられた者は二度と無事に外へは出ていけない。従順なら教団の奴隷として働かされる。抵抗すれば殺される。その二択だ。
でも、なんでだろうか。
世界を鮮烈に見せる、この白い光を放つ少年を、自分と同じ境遇に落とすことが、急に哀れに思えた。きっと、彼も
だから、解放してやろうとしたのに、彼は自分から籠のなかへ入っていこうとした。
「スゴイね。お城に住んでるんだね。なか、見てみたいな。いいよね?」
もちろん、星流はわざと内部に侵入しようとしていたのだ。当時、すでに星流は二十三歳だった。東洋人が年より幼く見えることを利用して、潜入調査をしようとしていた。
のちになって、フレデリックはそれを知らされるわけだが、そのときは懸命にひきとめようとした。
「ダメだ。ほんとに怒りっぽい親父なんだ。気に入らないことがあると、すぐ殴るぞ。おまえなんか、一発でノックアウトだ」
「へえ。おもしろそう」
「何がおもしろいんだよ」
「古城で怪物に出会えるなんて、スリル満点じゃないか」
言いあう声が、なかまで聞こえたらしい。扉がひらき、大人の団員がやってきた。手に銃を持って。
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