第2話 くちなし その四
「どうかしましたか? 聞き取りにしては遅いですね。それに、繁田さんの姿がない」
刑事が基本的にバディで行動することは、今では一般にも知られている。
龍郎が不審に思っていると、岸部刑事は頭をさげた。
「繁田さんには秘密で来たんです。相談に乗ってもらいたいことがあって」
「繁田さんのことで?」
言うと、岸部はうなだれた。
「わかりますか?」
「そんなことでもないと、刑事さんが上長にナイショで一般人のうちに来ないですよね?」
「そうですよね」
もしかして、岸部も“見える”人なのかと思った。または、見えないまでも何かを感じているのか。
「まあ、どうぞ」
岸部をあがらせ、昼間と同じ客間へ通す。隣室とのあいだの襖がひらいて、青蘭が顔をのぞかせた。
「また来たの? 刑事。いいかげんにしてほしいな」
「まあまあ。大事な話みたいだから」
「龍郎さんが言うから許してやるけど」
忘れかけていたが、青蘭は信頼していない人に対しては、きわめて辛らつなのだった。
「青蘭。もうちょっと待ってて。お風呂はいっしょに入ろう?」
「うん」
龍郎は青蘭を数十分でも一人にしたくなかったからだが、青蘭は勘違いしたようだ。頰を薔薇色に染めて、麗しいおもてを襖の向こうにひっこめた。
岸部はなんと思っただろうか。
おそらく、龍郎と青蘭の関係には気づいたはずだ。しかし、とりすました顔で、それについてはノータッチだった。さっそく、さっきの話を切りだしてくる。
「昼間、繁田さんに変なこと言ってましたよね? このごろ変わったことがなかったかって」
「ああ、まあ。それが何か?」
「その前に、あなた、繁田さんの背中をじっと見てませんでしたか?」
「見てましたね」
「もしかして、磯福さんが言っていたように、ほんとに何か霊的なものが見えていますか?」
「さすが刑事さんですね。聴取されてるみたいだ」
「すいません。そんなつもりはないんですが、繁田さんのことで、少し気になることがあって……」
岸部は畳の上で急に居住まいを正す。あぐらを正座になおし、あらためて口をひらいた。
「じつは繁田さん。半年前から奥さんが行方不明なんですよ」
「行方不明、ですか」
「そのころから、なんかピリピリしてる気がして、ようすがおかしい。いつもの繁田さんじゃない」
「それはまあ、家族がいなくなったんだから、しかたないんじゃないですか?」
すると、岸部は暗い目をなげてくる。思いつめたような顔つきになった。
「繁田さん、あの少し前に、奥さんと大ゲンカしてるんですよね。離婚するとかなんとか言ってました。そのすぐあとに奥さんがいなくなったので……」
「なるほど」
それは怪しい。
今の岸部の話から推測すると、昼間に見た女の霊は、繁田の妻だ。すでに亡くなっている。
でも、まさか、あの真面目そうな刑事が、奥さんを発作的にでも殺すなんてことがあるだろうか?
「あなたは繁田さんが奥さんを殺したんじゃないかと疑ってるんですか?」
試しに聞くと、岸部は深々とため息をついた。
「そういうことです」
「でも、調べるのはあなたのほうが専門でしょ?」
「たしかに、おれは刑事だ。でも、繁田さんも刑事なんですよ。警察の内情をよく知ってる。
「おれに、どうしろと?」
「もしもほんとに霊が見えるなら、その力で真相を明らかにしてほしい」
めんどうなことを言ってくる。
今、こっちはそれどころじゃないのだが。とは言え、繁田の奥さんの霊は何かを訴えていた。殺された無念を晴らしたいのだろう。ほっとけない気もする。
「わかりました。じゃあ、繁田さんの家の住所を教えてもらってもいいですか?」
「ええ」
岸部は手帳を一ページやぶりとって住所を書くと、それを座卓の上に置いた。その住所は、磯福の団地から、そう遠くない。
「いちおう、ですよ? 明日にでも見に行ってみますけど、解決できると確約はできませんからね?」
「いいですよ。じゃあ、よろしく頼みます」
言い残して、岸部は去っていった。
「龍郎さん。お風呂入ろ?」
龍郎が玄関の鍵をしめて居間に帰ると、青蘭が嬉しそうに抱きついてくる。
「どうぞ、どうぞ。お先に。わたしは食器洗っときますんで」
ニヤニヤが止まらない清美を残し、離れになったお風呂場へ向かう。
龍郎はその気はなかったのだが……。
結果的には、とても甘美なひとときをすごした。我を忘れるほどに。
お風呂場が離れでよかったと、つくづく思う龍郎だった。
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