第2話 くちなし その三



 とりあえず、相談をするために、龍郎たちは座卓をかこんで座る。

 清美が四人ぶんのティーセットとプリンを盆に載せて居間に入ってきた。


「はいはい。お待たせしましたぁ。はい、青蘭さん。大好きなプリンですよ」

「うん。ありがとう」


 プリンを食べる青蘭は幸せそうだ。

 清美の作るプリンはカラメルも手作りで、ほどよく、ほろ苦い。ミルクも卵もたっぷり使っていて、素材の自然な甘みが大人でも楽しめる味になっている。


 龍郎はそれを見ながら、神父と二人、頭をつきあわせる。低声をかわしあった。


「青蘭は自分のなかにアンドロマリウスがいたことを忘れています。それが記憶だけなのか、アンドロマリウスの存在じたいなのかはわからない。ごらんのとおり、アンドロマリウスを使役できないことは、青蘭にとって死活問題だ。どうしたら、もとの力をとりもどせますか?」


「アンドロマリウスは魔王だ。私は青蘭がヤツの力に依存することには感心しない」

「それは、おれもですよ。でも現に、いないと困る」

「まあね。危険ではあるな」

「アンドロマリウスはたしかに油断できない。でも、彼には何か思いがある。彼が青蘭を彼なりに愛してるのは事実だと、おれは思う」

「それで?」

「のちのち、アンドロマリウスを封じるなり、なんなりの手立ては考えるべきだ。でも、今の青蘭の状況は、アンドロマリウスがいるときより、さらに悪い。どうにかして、もとに戻したい。どうしたらいいですか?」


 神父はため息をつく。


「青蘭が自分の一部を喪失したのは、邪神の作りだした魔法の世界だろう? 理想的なのは再度そこへ行って、青蘭が殺される前に救いだすことだ」

「でも、あの世界はもう滅んだ。どこにも存在しない」

「時間を遡上そじょうできないかぎり、二度とあの場所へは行けないだろうな」

「そうでしょ?」

「だったら、別のアプローチをひねりだすしかない」

「だから、どうするんですか?」

「アンドロマリウスと青蘭のちょくせつの関係が失われたなら、間接の関連から、彼につながることができないか?」

「間接の?」


 青蘭とアンドロマリウスの関係性は当人同士の密接なものだ。間接の関係などあるはずが……。


 と、そこまで考えて、龍郎は思い立った。


(ある! アスモデウスだ。青蘭のなかにいるアスモデウスなら、きっと、アンドロマリウスのことを記憶している)


 アスモデウス——

 魔界七十二の魔王の一柱として知られている。だが、アスモデウスはかつて堕天する前は智天使ケルビムだったという。


 それが、青蘭のなかにいる。

 いや、青蘭自身がアスモデウスだと言ったほうがいいのだろうか?


 龍郎は絶対に認めたくないのだが……。


(もしかしたら、青蘭をあの場所につれていけばいいのかもしれない。青蘭が幼児期をすごした実家。アンドロマリウスと契約した、あの孤島……)


 考えこんでいると、

「どうした? 龍郎くん。気になることでも?」

 神父に尋ねられて、あわてて首をふった。


「いいえ。何も」


 神父はあるていど頼りになるのだが、全面的に信用しているわけではない。これ以上、弱みは見せられない。


「ほかに解決策はありますか?」

「いや。今のところは」

「そうですか」


「しばらく、私をこの家に泊めてくれないか?」と、とつぜん、神父は言った。


「えーと……」

「今、私をまいて、また二人でどこかへ行こうと考えただろう?」

「そ、そんなこと考えませんよ」

「龍郎くん。君は好青年だが正直すぎる。嘘がつけないね」

「そんなことありませんよ。ほんとに、ナイショでどこかへ雲隠れなんてしませんよ」

「そうかな?」

「今日、食材があんまりないので、お客さんのぶんまで食事出せないし、帰ってもらっていいですか?」

「ふうん?」


 神父は龍郎の言葉をまったく信じたようすもなく、それでもいったん帰っていった。もしかしたら近くのどこかで監視しているかもしれない。


「龍郎さん……」


 青蘭が心配げな眼差しをなげてくる。

 青蘭は幼少期から人一倍……どころか、人の百倍も凄惨な経験をしてきている。悪魔を退治することは、青蘭にとって常人が呼吸をすることと同じだ。その力をとつぜん奪われれば不安になるだろう。


「大丈夫。フレデリックさんの言ってた方法に、ちょっと心当たりがある。青蘭は安心して」

「……うん」

「今度、気晴らしに旅行に行こうか?」

「うん。きれいな場所がいいな。前に龍郎さんと言った鍋ヶ滝はよかったね」


 そう言って、青蘭は龍郎によりかかってきた。二人が恋人になった思い出の場所だ。


「そうだね。天国みたいにキレイなところだったね。また、あんなところに行きたいな」

「うん」


 ふと気づくと、清美がニヤニヤしている。今日はまだスマホで撮影されてないだけマシだが。


「さあ、じゃあ、夕飯の支度するよ。青蘭も来る?」

「うん。見てる」


 二人でキッチンへ逃げこんだ。


 だが、青蘭の好きなオムライスと、つけあわせで野菜のコンソメスープの晩ごはんを食べおえたころ。

 ふたたび訪問者があった。


「誰だ? こんな時間に」

「むう。迷惑ですねぇ」と、清美。

「おれが出るよ」


 玄関に向かう。

 引き戸に透ける人影は男のようだ。

 しかし、神父のようではない。神父の長身と銀髪は、ひとめで見わけられる特徴だ。


「どなたですか?」


 用心のために声をかけると、聞きおぼえのある声が答えた。


「遅くにすいません。岸部きしべです」


 岸部という名前は知らなかったが、その声は昼間の刑事だ。繁田刑事の相棒の若い刑事。


 こんな時間にわざわざ来るなんて、繁田刑事に何かあったのだろうか?


 気になって、龍郎は引き戸をあけた。

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