第6話 婚約指輪 その四
そうこうするうちに日が暮れた。
聖哉の弟妹や両親も学校や職場から帰ってくる。
「夕食を食べていってください。お世話になりますし、父にも事情を説明したいので」という聖哉の誘いは渡りに船だ。
家族のふだんのようすを観察するのに都合がいい。聖哉は家族仲はいいと言うが、本人が気づいてないだけで、裏では跡目争いでもあるかもしれない。もしそうなら、実母の霊はきっと、そのために息子の将来を案じているのだと考えられる。
——が、鯛のお造りやノドグロの煮付けなど、豪勢な晩ごはんをご馳走になるあいだ、家族の食卓の風景は、とてもなごやかだった。
義母は明るくて、はっきり物を言う態度からも、裏表がある人物には思えない。聖哉のことを「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と立てていた。
しかも、ここが肝心なのだが、そのようすをながめる実母の霊が、とても嬉しげなのだ。息子が義母や義母の子どもたちと仲よくしていることを喜んでいる。
どうも家族仲が原因ではない。
「フレデリックさん。理由、わかりますか?」
そっとたずねると、神父は苦い表情を浮かべた。
「まあ、なんとなく」
「えっ? ほんとに? 教えてください」
神父はなんだか気乗りしないようすだ。
「そろそろ、私は帰るかな」
などと言いだす。
「そんなこと言わないで、ヒントをくださいよ」
「親心だろ」
「親心? だって、家族との不和はないし、故人も喜んでる」
「親にとって子どもは可愛いものだ。ことに若くして幼い子どもを遺して死んだ親にとっては」
それで、なぜ、神父が口辺をゆがめるのかわからない。
(そう言えば、青蘭の両親も、子どもの青蘭を一人遺して、亡くなったんだよな)
青蘭の父の星流の霊とは、一度だけ
(このうちとは事情は違うかもしれないけど、星流さんが青蘭の恋人の指をかみちぎるとしたら、どんなときだ?)
それは確実に、その人物が青蘭に害をなそうとしているときだと言える。
(フィアンセたちに問題があったのかな?)
いくらか酔いがまわってきた。
ぼんやりしていると、聖哉とその父の会話が耳に入る。
「またダメだったのか? 困ったやつだな。せっかく、いい子を見つけてやったのに。まったく、おまえは子どものときから奥手でなぁ。そんなことじゃ今どきの女はついてこないぞ」
「もういいよ。おれには呪いがかかってるんだ。結婚はしない。家は
「長男のおまえに呪いがかかってるなんて、よそのやつらに噂されたら会社のイメージにかかわる。絶対に結婚はするんだ」
聖哉は困りきった表情だ。
その瞬間だった。
聖哉のとなりでニコニコしていた実母の霊が豹変した。さっきまで聖母だった。しかし、今のそれは、まさに鬼の形相だ。同じ人物とは思えないほどに恐ろしい。両目をカッと見ひらき、顔色はどす黒く変色。むきだした歯をギリギリとかみしめている。
「ほれ、あの子なんかいいんじゃないか? このさい、もう会社の事務員でもいい。今年入ったばっかりの、島野くんだったかな? なかなか美人だぞ。若いし、丈夫な男の子をバンバン産んでくれるんじゃないか?」
酔った父親が昭和のセクハラ親父のようなことを言って、ガハハと笑い声をあげる。
実母の霊は視線で呪い殺そうとでもしているかのような目で、父親をにらみつける。
やっぱり、そうだ。
女たちの指を食いちぎったのは、実母で間違いない。息子の結婚を快く思っていないのだ。というより、怒り狂っている。
(フレデリックさんは親心だと言った。それって、いい意味だけじゃないのかも? お母さんが亡くなったとき、聖哉さんはまだ幼児だった。ずっと、そのころのままの気持ちで、息子を他人に渡したくないのか? 嫁に息子をとられた気がするって、となりのおばさんも言ってたしな)
それでは、しかたない。
気乗りしないが、力づくで除霊するしかあるまい。
龍郎が立ちあがろうとしたとき、青蘭が耳元に朱唇をよせてきた。
「ちょっと待っててね」
「えっ? どこ行くの?」
「お手洗い」
「いっしょに行こうか?」
「すぐだから、大丈夫」
ほんとは青蘭をかたときでも一人にさせたくなかった。が、今のこの猛り狂った亡者を放置しておくのも危険すぎる。迷っているうちに、青蘭は客間から出ていってしまった。
なんで、青蘭は今このときに出ていったのか。ああ、そうか。青蘭は今、霊感が鈍くなっているんだった——と、龍郎はハラハラしながら、青蘭が出ていった廊下のほうと、怒りの形相の凄まじい霊体とを見くらべる。
室内では、父親の説教にウンザリした聖哉が、仕事の電話にかこつけて退席する。実母の霊もいっしょに聖哉のあとをついていった。
(あ、マズイ。青蘭が霊と鉢合わせするかも)
あわてて、龍郎は立ちあがる。
青蘭の姿を探して廊下をさまよう。
まもなく、叫び声が聞こえた。
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