第五話 恋人の終わりとこれから
バレンタインデーの次の日。雪のせいで体が冷え、壊与と赤崎のせいで心も冷え、今ではすっかり広くなってしまったアパートの中で、夜中から起きていた結果、熱を出した。
「……」
部屋のどこに目線をやっても思い出す、赤崎との思い出。毎日一緒に寝たベッド。一緒にご飯を食べたテーブル。一緒にテレビを見たソファー。ときどき一緒に入ったお風呂。すべてが悪しきものに見えてしまう。
「……うっ」
何回もトイレに行っては吐き、廊下の隅に敷いた布団に蹲る。この布団だけは、来客用──客なんてほとんど来なかったが──だったので、使うことができた。
学校は休んだ。赤崎と顔を合わせることになるから。何よりも、赤崎は窓側の列の一番後ろである僕の席の、右隣の席であることが大きい。元カノになってからも、赤崎には普通に話しかけられてきた。今日も話しかけられると思うと、具合が悪くなるのも自然だ。
「……」
頭が痛い。何もしなくても、赤崎のことを考えてしまう。考えたくないのに、頭が勝手に考える。もう、彼女なしには生活ができなくなっていたんだろう。事実、冬休みに赤崎が出ていってからは、コンビニ弁当やレトルト食品ばかり食べていたし、朝も遅刻寸前に学校に着くことが多くなっていた。授業も集中できなくなり、冬休み明けのテストと、三学期の中間テストは、成績ががた落ちだった。
「……無理、だなぁ」
もう彼女なしでは何もできない、そう思った。思ってしまった。僕は、いつの間にか、彼女に、彼女から愛されることに、「依存」してしまっていたのだろう。彼女のすべてを聞き、彼女のすべてに従ってきた。それが今回の事の問題点だろう。お互いに依存している、と思っていたのは僕だけで、彼女は僕を依存させるように仕向けたのではないか。なんて残忍で、狡猾なのだろう。
「……うわあああ!!」
叫びながら、台所の包丁を手にした。赤崎と一緒に買いに行った包丁。それを使い、思い出、いや、「忌まわしき過去」を切り刻んだ。ベッド、ソファー、スリッパ、冷蔵庫、洗濯機、スニーカー、カーペット、……
「……はあ、はあ」
皮肉なものだ。包丁にも消したい過去があるのに、それで過去を壊そうとしているのだから。包丁を布で包み、ゴミ袋に入れた。彼女を思い出すものは何でもゴミ袋に入れた。
「……もう、ここにはいられない」
すぐに母に電話した。熱が出て学校を休んでいること。赤崎がいたこのアパートにいることに耐えられないこと。赤崎を思い出すものは見たくないこと。すべて伝えた。
『いいけど、学校だけは転校しないでね?』
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