第33話 齋藤さんのケーキと金髪の勇気 その8(全8話)
「あら、このケーキ美味しそうだけど、余ってたら私もいただいていいかしら」
鈴木さんはそう言いながら自分の分のお茶を淹れていた。
「ナナミンのケーキってあそこのケーキ屋さんよりあっさりめでフワフワしているから好きなのよね。濃厚なのもいいけど、普段食べるなら絶対こっちよね」
「美波は違いわかるの?」
「当り前じゃない。ナナミンのは全卵で作っているけど、あそこのお店のケーキは卵黄で作っているんじゃないかしら」
「もったいないって思って全卵で作っていたけど、次は卵黄だけで作ってみる」
「卵白でメレンゲ作って他のお菓子とか作れば卵も無駄にならないんじゃないかな?」
鈴木さんのお菓子講座は齋藤さんの心をぐっとつかんだようだ。
「美波ちゃんって勉強だけじゃなくて料理も出来るんだね。私感動したよ。良かったら私の分のケーキを食べてちょうだい。まだ手は付けてないやつだから」
ソフィアさんは自分が満腹で食べることのできないケーキを鈴木さんに押し付けることに成功した。
美味しそうにケーキを食べる鈴木さんを見ていると、何だかこっちまで幸せな気持ちになってしまう。
「そういえば、小林さんもケーキ焼くの好きだって言っていた気がするよ」
思わぬところからケーキ好きな生徒が出てきた。
「陽子ってあんまり自分の事を話さないからわからなかったけど、趣味とか聞いたこと無かったな。今度は陽子にもケーキ持って行って感想聞いてみようかな」
「そうだね、齋藤さんのケーキは美味しいから喜ばれると思うし、いろんな人の感想を聞くのは勉強にもなると思うよ」
「先生って、時々先生みたいなこと言いますよね。私って先生が先生じゃなくて大学生のお兄ちゃんって印象強かったです」
「そうだよね、マサ君って先生ってよりマサ君って感じだし、あんまり大人って気がしないんだよね」
「私はマサ君先生って先生っぽいと思うけど、やっぱり他の先生とは違うって感じるかも。他の先生達はあんまりどんな人かわからないけれど、マサ君先生って昔から知っているから悪い大人じゃないってしってるしね」
「ソフィーは初めてあった時から変わらなそうだけど、アリスとか見てたら急に態度変わってびっくりしたよね。何がきっかけか教えてくれないからわからないけど」
「ナナにも教えてないなら怪しい秘密があるのかもよ。もしかして、アリスがニコニコしだした日に何かあったんじゃないかな」
「アリスちゃんって最初は無口だったけど、急に話してくれるようになったもんね。動物園に行った時も何だか怪しかったし」
「そうそう、動物園では急に呼び方変えてたもんね。今度白状させなくちゃ」
「その時は私も手伝うけど、美波はどうする?」
「私は二人を見守っていることにするよ。マサ君先生が何かしたら通報出来るように準備だけはしておくけど」
何だかあらぬ方向に話が進んでいるような気がしていると、グラウンドから誰かが呼んでいるような気がした。
外を見ると生徒会長が何かを叫んでいた。
生徒会長の声を聞いた鈴木さんが窓に駆け寄ると、会長は携帯電話を取り出した。
会長が携帯電話からこちらに視線を戻すと、手を振りながら校門の方へと走っていった。
すると、鈴木さんの携帯電話にメールが届いているようだった。
鈴木さんは携帯の画面を見つめていたのだけれど、少し笑ったところでみんなに向かってこう言った。
「会長からなんですけど、『楽しい時間をありがとう。また遊びに来るよ!』だそうです」
「気に入って貰えたなら嬉しいけど、生徒会の仕事って忙しいよね?」
「何か行事が重なっていたとか期末とかじゃないとそこまで忙しくは無いかも。私もちょくちょくここに遊びに来てるくらいだしね」
鈴木さんは生徒会役員として他の役職の人をサポートするのが仕事らしいけれど、鈴木さんがいなければ生徒会の仕事はもう少し忙しそうだなと感じていた。
勉強だけではなく、何事も効率的にこなしていく鈴木さんがいるのといないのでは大きな違いが出そうだ。
ソフィアさんが食べきれないでいたケーキをいつの間にか完食していた鈴木さんは、みんなの分のコーヒーを淹れてくれていた。
僕と齋藤さんには砂糖を入れず、鈴木さんとソフィアさんの分には砂糖を入れてくれていた。
「美波ちゃんありがとう。さっき飲んだコーヒーは激アマだったけど、美波ちゃんの淹れてくれたコーヒーはいつ飲んでも美味しいね」
「ありがとう」
そう言いながら鈴木さんはソフィアさんの頭を撫でていた。
「先生ってたまに子供みたいないたずらしますよね。さっきのコーヒーってソフィーのだけ砂糖大量に入れていましたよね?」
女の子は見ていないようでしっかり見ているもんだなと感心していたのだけれど、これからはバレないように慎重に行動しなくてはと心に固く誓った。
ソフィアさんには絶対にバレないだろうけど、注意することに越したことはないだろう。
「実は、相談って他にもあるんですよ。二人にはあんまり聞かれたくないんですけど、良かったら後で読んでください」
齋藤さんはそう言いながら手紙を渡してきた。
手のひらにすっぽりと収まるサイズまで小さく折りたたまれた手紙をそのままポケットにしまうことにした。
いつの時代も女子は器用に手紙を小さく折りたたむもんだと感心してしまった。
折り目がついていたとしても、一度開いてしまったら元に戻せる自信がなかった。
「そう言えば、美波ちゃんは岡本先輩にあれから何か言われたの?」
「その事なら終わったから大丈夫だよ」
「終わったならよかった。でも、何があったの?」
「よくわからないんだけど、生徒会の仕事が終わって携帯を見たら岡本先輩からメールが着ていたんだよね。中を見たらよくわからないけど、謝罪文みたいのが書いてあった。たぶん、会長が何かしたんだと思うんだけどね」
そう言って鈴木さんはケラケラと笑っていた。
会長が何をしたのかわからないけれども、鈴木さんの日常に平和が戻ってきたのならこれほどうれしいことはない。
話が思いのほか盛り上がっていたせいか、いつの間にか下校時間を過ぎていた。
三人は机の上を片付けていたので、僕が全部やっておくから帰っていいよと伝えるとお礼を言って席を離れていった。
「さっきの手紙はちゃんと読んでくださいね。返事は半年くらい経ってから聞きに行きますね」
齋藤さんがカバンを背負いながら僕にだけ聞こえるような大きさの声で言っていた。
三人を見送って洗い物をしていると、校庭を歩いている三人の姿を発見した。
三人もこちらに気付いたようで、こちらに向かって手を振ってくれていた。
そのまま校門を抜けた三人は、家のある方向と逆の道に曲がっていったので、またどこかに寄ってから帰るのだろう。
誰もいなくなったこの部屋に一人残っていた僕は今日も大して整理できなかった資料をまとめて職員室に戻る事にした。
齋藤さんから貰った手紙を今読むか後で読むか迷っていたのだけれど、急を要する悩み事だといけないと思い、この場で手紙を開封することにした。
複雑に折られた手紙ではあったのだけれど、簡単に開くことが出来たのは意外だった。
手紙の中にはたった一言、しかし、切実な願いが書いてあった。
『私だけ胸が大きくなりません』
僕はどう答えていいのかわからなかったけれど、空に輝く一番星を見つけたので齋藤さんの胸が人並みの大きさになる事を願った。
視聴覚準備室の鍵をかけてから職員室に戻ると、保健の山本先生がいたのでそれとなく胸の話をしてみた。
「胸が小さい事で悩んでいる生徒がいるんですけど、山本先生だったらなんて答えますか?」
「うーん、その手の質問には答えが無いから困りますよね。でも、男性が女性にそういう事を聞くのはセクハラになるかもしれないから気を付けた方がいいですよ」
確かに、僕が山本先生に聞くのはセクハラになるのかもしれない。
齋藤さんも僕じゃなく山本先生に聞いたらよさそうだけれど、齋藤さん達の担当は山本先生ではなく男性の五十嵐先生が担当なので相談しにくいのかもしれない。
明日は少し早起きして神社に参拝してから出勤することにしよう。
齋藤さんの悩みが一つでも解決してくれますように………
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