第48話 ギャルが夏休みに体験してしまったこと その4(全7話)
あたしが白装束に着替えるとばあちゃんは「心配いらないから大丈夫だよ」とだけ言ってくれた。
知らない人達が部屋に入ってくると、あたしを囲むように立っていた。
全員背中を向けているので顔は見えないのだけれど、知っている人はいない気がした。
四国に来るのは本当に久しぶりだけども、この部屋にいるのはばあちゃん以外は他人だって感じがして少しだけ怖かった。
これから何が起こるのかはわからないけれど、入り口も完全に閉められて閉鎖された部屋は人数が多いせいか息苦しさを覚えた。
ばあちゃんが仏壇に向かって何かを唱えると、あたしの周りにいた人達も同じような念仏を唱えていた。
状況が呑み込めないでいるのだけれども、全員の息がぴったり合っているせいか怖さよりも感動してしまうような感じだった。
それからどれくらい時間が経過したのかはわからないけれども、仏壇の横の柱が『ピシっ』と音を立てた。
ばあちゃんは集中しているのか全く唱える念仏に乱れはなかったのだけれど、あたしの近くにいる人の中には動揺している人がいたみたいだった。
その後も何度か柱が鳴ったり、壁に何かが当たる音が聞こえてきた。
音が鳴る場所は規則性もなく、鳴っては移動して別の場所で鳴ってを繰り返していた。
ばあちゃんの隣にいた男の人が立ち上がって、壁沿いに部屋の中を反時計回りに回りだした。
途中で何度か確かめるように壁や畳を触っていたのだけれど、男の人が部屋の中を回っている間は物音がおさまっていた。
男の人は念仏を唱え続けているばあちゃんの耳元で何かを言っていたようだけれど、あたしの位置からは何を言っているのかわからなかった。
念仏を唱えたままのばあちゃんが左手に持っていた“はたき”のようなものを掲げると、あたしの周りにいた人達が全員ばあちゃんの横に左右五人ずつ移動してこちらを向いて正座していた。
ばあちゃんだけは背中を向けているのだけれど、周りにいる人達はこちらの方向をじっと見ていた。
あたしはどうしたらいいのかわからずにいると、ばあちゃんに何かを言っていた男の人があたしのすぐ後ろに立っていた。
あたしは結構ビビっちゃったんだけれど、男の人は優しい感じの声で話しかけてくれた。
「大丈夫、もう少しで全部終わるからね。これを乗り切った後は君に何か災いが降りかかることは無くなるからね。でも、あとちょっとだけこの部屋から出ちゃダメだからね」
そう言うと男の人は入り口の前に移動していった。
自動ドアなら確実に反応して開いているような距離だけど、男の人は両手を引き戸にかけたまま念仏を唱え始めた。
この部屋の中にいて念仏を唱えていないのはあたしだけなのでちょっと気まずかったけれど、念仏の内容とか言葉もわからないからいいやと思っていた。
男の人が念仏を唱えだしてしばらく経つと、扉を誰かが激しくノックしていた。
男の人もばあちゃんもその周りの人も全く気にしていないようで、変わらずに念仏を唱えていた。
数十秒間続いたノックを無視していると、今度は部屋の両側の壁が一斉に勢いよく叩かれ始めた。
この部屋には窓が無いので誰が叩いているのかわわからないけれど、左右の壁がドンドンと叩かれていて、音が聞こえる高さも上だったり下だったりとばらばらっだった。
壁を叩く音が少しづつ大きくなっている気がしていたのだが、その音は天井から聞こえているように感じた。
ばあちゃんたちの念仏は途切れることなく続いていて、何となく何を言っているのかもわかってきたのだが、その中に時々『どこ?』『隠れているの?』と聞き覚えのある声が混じっていた。
どこかで聞いたことがあるような声ではあるけれど、ここ数年で聞いた声ではないと思う。
いつの間にか扉の前にいた男の人がばあちゃんの後ろに座ってこちらを見つめていた。
男の子と話すことは何度もあったけど、年上の男の人にじっと見つめらるのはちょっと照れる。
でも、見つめ返そうと思って目を見ても目が合わなかった。
男の人はあたしではなく、あたしの後ろを見ている感じだった。
何を見ているのだろうと思って振り返ってみると、そこには閉められた扉があるだけだった。
すると、先ほどまで勢いよく叩かれていた音が急に落ち着くと、ばあちゃんたちの唱える念仏もいつの間にか終わっていた。
何が何だかわからないまま終わったのかなと思ってばあちゃんたちの方を向くと、ばあちゃんの周りにいる人達は両手を合わせてまだ念仏を唱えているようだった。
不思議なことに聞こえないのは念仏だけではなく、あたしの呼吸音や白装束が擦れる音も聞こえなくなっていた。
ばあちゃんたちがいる方に動こうとしても、体に力が入らなくなっていて動けなかった。
呼吸は出来ているのに息苦しさを感じていて、深呼吸をしてみても、深呼吸は出来ているのに音だけが聞こえないままだった。
動くことも出来ずにばあちゃんたちを見ていると、少しずつ間の空間にうすい靄のようなものがかかっていて、同じ部屋にいるはずなのに遠くに行ってしまったように感じてしまった。
音が消えた世界の中でなぜか畳の上を歩く足音だけがあたしの後ろから聞こえていた。
歩調はゆっくりというよりも、立ち止まって確認して進んでまた立ち止まるような感じを受けた。
足音がだんだんとあたしに近づいてきているのだけれど、足音だけで誰が歩いているのか姿は見えなかった。
不思議なことに足音が近づけば近づくほど、音が聞こえる感覚が遠くなっていた。
怖くなって足音がする方向を振り返ることが出来なかった。
助けを求めようとばあちゃんたちの方を見ているのだが、完全に濃い靄に包まれてしまっていた。
足音がだんだんと近づいてきて、真後ろで止まった時はあたしの心臓も止まるんじゃないかってくらい驚いていた。
後ろに何かがいる気配は感じているのだけれど、それが何か生き物ではないような気がしていた。
確かに何かが近づいている感覚はあるのだけれど、吐息も感じなければ、熱を感じることも無かった。
怖くて目を瞑っていたのだけれど、足音があたしの周りを回って前まで来て止まると、下から顔を覗き込んでいる気配を感じた。
心の中でずっと「ごめんなさい、ごめんなさい」って繰り返していると、感じていた気配が離れた気がした。
心の中で呪文のように「ごめんなさい」を繰り返していると、足音が遠くに離れて行った。
足音が完全に聞こえなくなってしばらく経ち、ゆっくりと目を開けてばあちゃんたちの方を見ると、先ほどまでかかっていた靄が消えていた。
靄が完全に消えるとさっきまで無音の空間で聞こえなかった念仏も聞こえるようになっていた。
何だかわからないけれど、今度こそ終わったんだなって思って、深呼吸をしてみるとどこかで聞き覚えのある声が耳元に聞こえてきた。
「やっと見つけた」
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