第29話 齋藤さんのケーキと金髪の勇気 その4(全8話)

齋藤さんは見た目もスラっとしていて日頃から運動をしてるのでかなり引き締まった体型をしている。


時々みんなで応援に行っていた大会などでも走りだけではなく見た目でも注目の選手だ。


大きな大会での活躍こそないものの、齋藤さんの名前は市内の陸上関係者で知らない人はいないほどだった。


中学の陸上部にアリスが所属していて、常に齋藤さんの近くにいたので二人は目立っていた事も有名になった理由の一つだと思われる。


一部の生徒からは男子よりも格好良いと言われている齋藤さんは、運動の他にお菓子作りも好きなので、部活が休みの日はお菓子を作っていることが多い。


アリスを始め他の部員たちは食べすぎに気を付けないと止まらないくらい美味しいらしく、最近ではほとんど完食してもらえないのを気にしているとの事だ。


いつもならソフィアさんが残った分を食べてしまうのだけれど、今日のソフィアさんは先ほど家庭科部のケーキやお菓子を大量に食べてしまっていたため、齋藤さんのケーキを完食することは難しそうだった。


無理をして時間をかければ完食も難しくはないのだろうが、齋藤さんは無理してまで食べて欲しいとは思わないだろう。


ソフィアさんは話題を変えてケーキから逃げることにしたようだ。


「ナナは最近何かいい事あった?」


「最近は部活ばっかりだったから何か変わったこともなかったかも」


「こう暑い日が続くと部活も大変そうだよね」


「私はそんなんでも無いけど、みんなは大変だって言ってるかも」


「アリスも夏休みはほぼ部活だったみたいだけど、休みの日も走り回ってたかも」


「アリスはいつの間にか走るの好きになってたもんね」


「それはナナが走る楽しさを教えたからじゃないかな?」


「私は走り回ってただけだし、アリスはそれについてきただけかもね」


「ソフィーは小さい時から運動そんなに好きじゃなかったもんね」


「うん、体を動かすのは嫌いじゃないんだけど、継続して動くのは苦手かも」


「先生はもう自転車乗ってないの?」


そう言えば、みんなを連れて自転車でどこかへ行ったのは結構前になるなと思い返していた。


「僕は時々自転車に乗っているけど、最近じゃほとんど乗らないかも。学校も歩いていけるような距離だしね」


「え?マンションから結構遠くないですか?」


僕は学校近くの独身教員寮にも部屋を借りているので、一か月のほとんどはそこで暮らしているのだ。


特別誰かに言う事でもないし、ソフィアさんも聞かれていない事は誰かに言わないので、齋藤さんは今まで知らなかったみたいだ。


たぶん、ソフィアさんと仲の良い鈴木さんも知らないだろう。


「マサ君先生が引っ越した日の夜はアリスがうるさかったんだよ。この世の終わりみたいな顔して落ち込んでると思っていたら、急に私に色々言ってきたりしてさ」


引っ越しの時はアリスもソフィアさんもちょっと泣きそうになっていたと思うのだけれど、寮が学校のすぐ近くだと知った二人は学校帰りに遊びに行くと張り切っていた。


もっとも、生徒は教員寮に入れない決まりになっているので、何か用事があるときは管理人室で会う決まりになっているのだけれど。


「それならソフィーはもう先生の部屋でマンガ読むこと出来ないのね」


「マサ君はもういないけど、ママさんに頼めばマンガを読ませてもらえるのよ。部屋にこもって読むのは悪い気がするから、リビングでアリスも一緒に読んだりしてるわ」


アリスはソフィアさんほどマンガに興味はないみたいだけれど、僕のお気に入りの漫画は全部読んでみたいと言っていた。


もっとも、気に入らないマンガを買うことは無いので、普段は部活と勉強で忙しいアリスがすべてのマンガを読破する日はそうそうやってこなそうだった。


「アリスもいるなら私も今度誘ってよ。マンガはよくわからないからソフィーにお勧めしてもらうと思うけどさ」


「じゃあ、次に部活休みで暇な日を教えてね。私ならいつでも空けられるからさ。部活もぶっちゃけほとんど活動らしいことしてないから」


ソフィアさんが無理を言って作った部活も部員はソフィアさんと幽霊部員の鈴木さんだけしかいないのだし、二人が卒業した時には部活も無くなっている事だろう。


そもそも、ソフィアさんが部活を立ち上げたことを知っているのは、鈴木さんと齋藤さんだけで他の生徒たちは部活の存在すら知らないのだ。


したがって、ソフィアさんが視聴覚準備室に入り浸っているのは僕に関心があるわけではなく、部活だからである。


ソフィアさんが立ち上げた部活は理事長が許可してくれたおかげで認可はされたのだけれど、部員数が規定数に達していないため正確には部として認められていなのため、部費などは出ていない。


それなので、視聴覚準備室にあるお茶やお菓子などは各自の持ち出しによるところが大きい。


ほとんど僕が出しているのだけれど。


そういうわけなので、ソフィアさんは部活に所属しているのだけれど活動は気まぐれに行っているのだ。


もっとも、ソフィアさんが普段からやっていることも部活の延長線ととらえることが出来るのも、上手くやったなと言った感想を持った。


「ソフィーが作った部活って、美波以外には誰もいないの?」


「うん、マサ君先生も入れたら三人だけだね」


「私も入ろうか?」


「いいの?でも、半年に一回は活動報告しないといけないんだよ」


「それは一人一人別にやるの?」


「ううん、みんなでまとめればいいよっておじいちゃん先生が言ってたよ」


理事長はおじいちゃんだけど先生ではない。


先生ではないのだけれど、時々日本の文化をソフィアさんに教えてくれたりもしている。


「日本文化研究部って名前なのに研究してないもんね」


「そんなこと無いよ、マンガの伏線を追ってみたり。ゲームの考察をしてみたり。声優さんのラジオにメールを送ってみたりしてるからさ」


ソフィアさんと理事長の考える日本文化は結構違っていたのだけれど、それも日本が誇る多様性だとお互いが納得していたのでいいのではないだろうか。


ソフィアさんに付き添ってほぼ毎月理事長に報告に行っているせいか、理事長もだんだんとアニメや声優に詳しくなっているし、ソフィアさんも少しずつ盆栽や苔に詳しくなってきている。


「私の考える日本文化って何だろう?やっぱり食べ物になっちゃうかも」


「よし、それなら今度美波ちゃんも誘っておじいちゃん先生とご飯を食べに行かなくちゃ」


僕はその会に参加したくないなと思いながらも、齋藤さんの相談が終わったのかが気になっていた。

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