葵咲良編

第36話 金髪と会長と美少女 その1(全7話)

「三組の田村さんがまだご家族の方と連絡が付かないようなので何か知っている方がいましたら、三組の芳野先生の方まで報告お願いします」


今日は雨が降りそうで降らない一日だったのだけれど、ホームルームが終わるころには結構な強さで雨が降っていた。


職員室に向かいながら気分的にはラーメンか蕎麦でも食べに行こうかと考えてみたけれど、傘を持ってきていないのでまた今度にしよう。


廊下から見えるグラウンドを見てみると、当然のように誰も活動していることもなく、時々グラウンドを抜けて帰宅する生徒が見受けられるくらいだった。


ここ二週間くらいまともな雨が降っていなかったせいか、道路沿いにある街路樹の緑も生き生きとした濃い緑になっているように感じてしまう。


そんなことを考えながら歩いていると、今日も一人の生徒に声をかけられた。


「先生は生徒の相談に乗るのが好きって聞いたんだけど、それは本当なのかい?」


「別に好きなわけじゃないけど、葵さんは僕に何か相談事があるのかな?」


「相談って言うか、悩んでる事って言うか、人間関係で悩んでる事があるもんで、ちょっと話を聞いてほしいんだよね」


「わかったよ。それなら職員室へどうぞ」


「ちょっとまってよ。職員室はダメだべさ。他の先生に聞かれたくないからアンタにたのんでるっしょ」


「そうなのかい?それなら視聴覚準備室に来てちょうだい」


「ありがとね、したっけ、少し生徒会に顔を出してから向かうことにするよ」


今日は早めに帰れるかなと思っていても、そう素直に僕を返してくれるほど世間は優しくないのかなと考えながら職員室の扉を開けた。


いつもより先生の数か少ない気がしてるんだけど、今のうちに出来ることを済ませておかないと後から困りそうだ。


「ねぇ、マサ君先生は行かなくていいの?」


いつの間にか後ろに立っていたソフィアさんが僕の机を覗き込むような体勢で話しかけてきたのだが、いきなり話しかけられたので少し驚いてしまった。


「え?何かあったの?」


ソフィアさんは僕が驚いたことが面白かったらしく、僕の質問を無視するかのようにケラケラと笑っていた。


僕はずっとソフィアさんの青い瞳見つめていると、笑っていたソフィアさんが正気に戻ったようで、軽く謝った後に先ほどあった出来事を教えてくれた。


「えっと、私も聞いた話なんで詳しくはわからないんだけどね。男子バスケ部と野球部が体育館の使用時間で揉めて喧嘩になったらしいよ。でもね、その原因になったのって、サッカー部が野球部をけしかけたからだって誰かが言ってたの。それを聞いた先生方が、体育館に行ったんだよね」


僕が教室から職員室に向かう間には葵さんと数分話していたくらいで、そんなに時間は経過していないと思っていたので、そのようなことが起こっているのは意外だった。


「マサ君先生は他の先生みたいに行かなくていいの?」


「僕は行かなくてもいいんじゃないかな。今から部外者の僕が行っても何か出来ることもないだろうし、今日は三年の葵さんが相談したいことあるって言っていたし、そっちに行く時間は無いかもってことだからね」


「葵先輩って生徒会長だよね?会長さんがマサ君先生に何か相談するなんて、よっぽど追い込まれてるのかもしれないいんで、ちゃんと考えてあげなきゃだめだよ。いつもみたいに話を聞いているだけじゃダメだからね」


何時如何なる時でも僕は生徒のために真剣に考えてきたのだけれど、それはソフィアさんの目には違うように映っていたようだ。


今日からはより親身になって生徒に寄り添って答えを考えていかなきゃな。


「でもさ、会長さんもマサ君先生なんかに頼らなくても、副会長のアヤメさんとか美波ちゃんとか頼れる人がいっぱいいそうなのにね」


「もしかしたら、生徒会の人間関係で悩んでいるのかもしれないよ」


「その予想が当たっていたら、生徒会の人達には相談できないよね」


そんなやり取りをしていると、当然のように僕がやりたかった仕事なんて出来るわけもなく、ソフィアさんがどうして職員室にいるのかもわからないままだった。


「そう言えば、ソフィアさんは誰かに用事でもあったのかい?」


僕の質問に気を悪くしたのか、ソフィアさんは腕を組んだまま頬を膨らませていた。


「今日は部活動をやるのかやらないのか聞いてなかったから先生を探しに来たのに、ずいぶん待っても来なかったから一回部活の教室に行ったんだよ」


あれ?


僕はそんなに長い時間かけて教室から職員室に移動していたのだろうか?


教室から職員室に向かう間にした事と言えば、外を見ていた事と、葵さんと話していたことくらいのはずだ。


葵さんと話していた時間はほんの数分くらいだと思うので、もしかしたら長時間かけて外を見ていたのかもしれない。


もしそうだとしたら、僕は相当疲れがたまっていると思われるので、次の休みは温泉にでも行ってみようかな。


少しだけ考え事をしていると、心配したソフィアさんが僕に何かを話しかけていた。


「ああ、ごめんごめん、教室から職員室に向かう間に何をしていたのか考えてた」


「もう、マサ君先生って時々そういう時あるよね。アリスも言っていたけど、話しかけても反応ない時があって心配だって言っていたよ」


「それは悪い事をしたね。じゃあ、葵さんも待っているだろうし、視聴覚準備室に行こうか」


ソフィアさんは僕に向かって両手を差し出すと、ありったけの笑顔を向けてくれた。


「会長さんが満足するようなお菓子を買ってきます。お金ください」


僕は小銭入れの中を確認して百円玉を三枚だけ渡してあげた。


「これじゃ、マサ君先生の分が買えないよ?」


ソフィアさんの悲しそうな目は雨が降る外の風景よりも寂しく冷たく感じてしまった。

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