第46話 ギャルが夏休みに体験してしまったこと その2(全7話)
「先生のクラスの小林さんってうちのクラスの田村さんと遊んだりしてましたよね?」
「遊んでいたかはわからないですけれど、小林さんは三組の生徒と何度か一緒にいるところは見たような気がします」
芳野先生は生徒が連絡も取れず疾走するいう事が初めてなので、毎日毎日心配で仕事が手に付かない様子ではあった。
僕も受け持っている生徒が失踪した経験はないのだけれど、もしもクラスの誰かが失踪してしまったら気が気ではなくなってしまうんだろうなと思った。
いつもの場所から視聴覚準備室の鍵を取って職員室を出ると、大きな袋を両手で抱えている齋藤さんに出会った。
「あ、マサ君先生だ。今日もソフィーは先生のとこにいるの?」
大きな袋を前に突きだした膝に乗せながらそう言ってきたので、僕は返事をするのと同時に頷いた。
「それなら、部活終わった後もいるようだったら一緒に帰ろうって言っておいてもらえますか?私は今日スマホの充電するの忘れててバッテリー無くなっちゃったんで。お願いします」
「それくらい構わないけど、こちらの用事が済んだら陸上部に顔を出すように伝えておくよ。いつもの練習場所だよね?」
「はい、いつもの場所でいつもの時間くらいまで走っていると思います。先生も一緒に帰りますか?」
いつもの事ではあるのだけれど、齋藤さんはソフィアさんが絡むことだけは嬉しそうになっている。
「僕はソフィアさん達の用事が済んだ後も少しやる事があるんで一緒には帰れないと思うよ」
そう答えると齋藤さんは満面の笑みで去っていった。
齋藤さんくらい好き嫌いがはっきりしてる人はなかなかいないだろうと思ったが、ソフィアさんの妹のアリスは齋藤さん以上に好き嫌いがはっきりしているタイプなんだと思い出した。
その二人の共通点は陸上部である事だけなので、もしかしたら陸上部の部員たちの大半は好き嫌いがはっきりしているのかもしれない。
もちろん、そんなことは無いと知ってはいるのだけれど、僕の身近にいる陸上部員は全員好き嫌いがはっきりしていていい子たちなのだという事は事実であった。
職員室から視聴覚準備室へ向かう途中に中庭を見ると、一本だけ生えている銀杏の木が少しだけ色づいていた。
夏が短い地域とはいえ、秋の足音はまだ遠くの方で聞こえてくることはないのだが、朝晩は割と冷えてきているので寒暖差が銀杏の葉を染めているのかもしれない。
まだまだ緑の葉の方が多いので、秋がやってくるのはまだ先のようなのだけれど、秋の事を考えていると秋の味覚が待ち遠しくなってきた。
視聴覚準備室に着いても二人の姿は無かった。
もしかしたら隠れているのかとも思ったが、廊下は見通しもいいので二人が隠れる場所はどこにもなかった。
鍵を開けて中へ入ると少しだけ熱い空気に包まれたが、その空気も一瞬でなくなり廊下とほぼ同じ気温になっていた。
先日はうだるような暑さであったためエアコンを使用していたのだが、今日くらいの気温だと窓を開けて空気の流れを作るだけで快適に過ごせそうな感じであった。
校舎の三階まで届く風は時々強くなったりもしていたが、息が出来ないほど強い風が吹くことは無く快適そのものだった。
今日のような柔らかい日差しと扇風機の微風程度の風しか吹いてないような日は、テラスにハンモックでも設置して読書をしたい気分にさせる。
明日も今日のように天気が良かったら窓でもあけて部屋の掃除もしておこう。
電気ケトルの中に水道水を入れてスイッチをオンにすると、ソフィアさんと小林さんが中へ入ってきた。
視聴覚準備室のドアを開けて空気の通り道を確保していたのだが、小林さんは入り口で立ち止まると後ろを振り返って両手でドアを閉めた。
「先生、ヨーコがお菓子を買ってくれたよ。私もほんの少しだけ出したんだけど、ほんの少しだけだから気にしなくていいよ」
ソフィアさんが鼻息も荒くそう言うと、小林さんは買ってきたお菓子をテーブルの上に並べだした。
小林さんは袋から一つ一つ取り出して、商品パッケージがこちら側に見えるように並べていた。
ソフィアさんがお菓子を持っていたのならば、机の上で袋をさかさまにひっくり返して中身をぶちまけていたに違いない。
育ちの違いなのか文化的なものなのかはわからないけれども、小林さんは小さい時から作法などは叩き込まれてきたのだと思う
「先生、好きなお菓子があったら言ってください。私はなんでもいいんで」
「ヨーコ、マサ君先生はお菓子の違いなんて気にしない人だから好きなの食べていいんだよ。それに、気になったお菓子があるなら三人でシェアして食べればいいんだよ」
それもそうねと言うと、小林さんは戸棚の中にあった大きめの皿を見つけるとその上にお菓子を少しづつ並べていった。
僕だったら皿の上に買ってきたお菓子を全部載せてしまってあふれさせてしまうだろう。
「ちょうどお湯も沸いたみたいだし、ソッフはお茶の用意しといてね。準備が整うまで先生はゆっくりしていてください」
ソフィアさんは急須に茶葉をどれくらい入れたらいいのかわからなくて固まっていると、小林さんがこれくらいよと言って適量を急須に入れた。
お茶の用意も整って席に着くと、小林さんは改まって挨拶をしてきた。
「本日は忙しい中、あたしの相談に乗ってくださってありがとうございます。ソッフもありがとね。先生も多分あたしに近いタイプだと思ってるんで、良かったらあたしの悩みを一緒に考えてやってください」
いつの間にか電気ケトルは小林さんの近くに移動してきていて、その手前には急須と茶葉の入った茶筒が用意されていた。
ソフィアさんはどのお菓子から食べようかと目を光らせていたのでその事には気付いていないようだった。
小林さんの悩みは僕が想定していた事とは異次元の深い悩みだった。
「あたし、夏休みに入って少したってからだと思うんだけど、前より敏感になっちゃって、ちょっとしたことでもビンビンに感じてしまうようになったんです」
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