齋藤奈々未編

第26話 齋藤さんのケーキと金髪の勇気 第1話(全8話)

「三組の田村さんの事で何か気付いたことがある人がいたら、芳野先生に報告をお願いします。」


田村さんと連絡が取れなくなってからしばらく経っているが、手掛かりの一つもないらしい。


うちのクラスの生徒がいなくなったと考えてみると何も手に付かなくなりそうだ。


ホームルームが終わって職員室に戻ろうとすると、一人の生徒が声をかけてきた。


「今日も部活が終わってから視聴覚準備室に行ってもいいかな?」


齋藤さんがそう言うと、なぜかソフィアさんが「いいよ」と答えていた。


齋藤さんは陸上部のエースとまではいかないらしいが、結構足の速い生徒で上級生からも一目置かれている存在だ。


小さい時から走るのは得意だったみたいで、ソフィアさんが良く追いかけていたような気がする。


「ソフィーありがと。あと、先生にちょっと話したいことがあるんでさ。待っててね。今日はそんなに遅くならないと思うからさ」


カバンを手に取った齋藤さんはやや小走りで廊下に向かっていたが、扉の前でいったん止まって振り返った。


「そうだ、今日は二人にお土産あるから期待しててね」


そう言い残すと同時に齋藤さんは廊下の彼方へ消えていった。


「ナナミンは今日も元気だね。ソフィーも元気っぽいけど、マサ君先生は疲れ気味かな」


鈴木さんも変わらず元気なようで何よりです。


そう思っていると鈴木さんはソフィアさんを連れて教室を出て行ってしまった。


二人がどこに行ったのかは興味があるけど、齋藤さんの部活が終わるまでに溜まっている仕事を少しでも減らしておかないと大変なことになりそうな予感がしてきた。


教室から職員室へ向かう途中に何人かの生徒に挨拶をされたのだが、その中に一人見覚えのない生徒がいたような気がする。


今挨拶を返したばかりなのに、顔も声も思い出せないので振り返ってみると、そこには知っている生徒しかいなかった。


最近はいろいろとあったので疲れてしまっているのかと思い、今日の夜はちょっとスタミナの付くものを食べようかなと考えてしまった。


校庭からは活気のある声が聞こえていて、音楽室のあるあたりからは吹奏楽部が各自奏でている音が聞こえていた。


最初はバラバラに演奏していたようだが、気が付くと一つの曲になっていた。


誰の何という曲かはわからないが、最近はよく聞く曲のように感じてついつい口ずさんでしまった。


誰にも聞かれていなかったと思うので大丈夫なのだが、僕は無意識のうちに何かをうたっている時があるらしい。


職員室に入ると三組の芳野先生が僕のクラスの小林さんと何やら話しているようだった。


僕は芳野先生と二つ離れた席なので、意識しなくても会話が聞こえてきた。


「小林さんは夏休みに田村さんと会ってなかったのね?」


「はい、あたしは四国に行ってたし、帰ってきてからは宿題とか勉強やってたんで、他の友達とも遊んでないです。……あ、図書館行ったときに椿さんと会ったくらいで、他には会わなかったですね」


「そうなのね。高橋さんや佐藤さんにも聞いているんだけど、田村さんの事で何かわかったり思い出したことがあったら、なんでもいいので先生に教えてね。お願いよ」


「あんま役に立たないかもしれないけど、何かあったら先生に言いますね」


芳野先生と話していた生徒は芳野先生に一礼してその場を離れた。


なぜか僕の席の前で立ち止まって背中を叩いてきた。


「あ、すいません。何かツイテタ気がしたんですけど、気のせいでした」


いきなり背中を叩かれて驚いたが、何か言おうか考えている間に小林さんは一礼して去ってしまった。


「あの子は根は真面目で勉強も好きみたいなんですけど、ちょっと変わったところがありますよね」


「小林さんは見た目は遊んでそうな感じですけど、中身はしっかりとした芯のある生徒ですよ」


それだけ言って僕は残っている仕事を片付けようと思っていたのだけれど、芳野先生の田村さんを心配する話がしばらくの間は終わらなそうだった。


話を聞いている間に職員室から見えるグラウンドを眺めていたのだけれど、時々駆け抜けていく齋藤さんは他の生徒よりも美しいフォームで走っているように感じた。


そう思っていると三組の生徒が芳野先生を訪ねてきた。


僕はそのチャンスを生かして溜まっていた資料を持って視聴覚準備室へと向かうことにした。


吹奏楽部は相変わらず、聞き覚えはあるのだけれど題名がわからない曲を延々と演奏していた。

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