第27話 齋藤さんのケーキと金髪の勇気 第2話(全8話)

視聴覚準備室に向かう途中、小林さんとばったり会った。


「先ほどはすいませんでした」


小林さんがそう言って深々と頭を下げてきたので、気にしなくても大丈夫だよと言っておいた。


「ちょっと気になったんですけど、先生って怖い話とか平気ですか?」


「うん、怖い話は好きだよ。小林さんは好きなのかな?」


小林さんは少し何かを考えていたようで、廊下から見えるグラウンドに体を向けていた。


「あたしは怖い話好きだったけど、最近はちょっと変わっちゃって、好きなのかわかんないかも。恋愛とかでも好きだけどわからないみたいな感じってあるよね」


小林さんの明るめの髪は太陽の光でより明るく見えた。


ソフィアさんの金色の髪まではいかないのだけれど、それに近いくらい透明感のある髪の毛に感じていた。


「あ、今日はナナっちが先生に話するって言ってたみたいだから、今度あたしの相談もお願いします。出来れば早いうちにお願いね」


そう言うと小林さんはまた僕の背中を叩いて去っていった。


しばらく廊下を歩いていると、調理実習室の方から甘い良い匂いが漂ってきた。


ドアについている窓から中を覗いてみると、家庭科部の部員たちがオーブンで何かを焼いているようだった。


楽しそうだなと思って見ていると、中の一人と目が合った。


その部員は仲間たちに何かを言うと、こちらに向かって笑顔で手招きしてきた。


「先生、先生、お腹空いているならケーキ食べていきません?焼き立てのケーキですよ」


一人がそう言うと、僕を囲んで食べろ食べろの大合唱が始まった。


「いつもは顧問の芳野先生に味見をお願いしているんですけど、田村さんがいなくなったのが気がかりで、部活に来なくなったみたいなんです」


「私は芳野先生がダイエットしてるからお菓子作りの時は来ないって聞いたよ」


「え、私は虫歯の治療しているから食べに来ないって聞いたけどな」


芳野先生は家庭科の先生ではないけれど、家事は何でこなして部屋は綺麗に整理整頓されていると噂は聞いている。


生徒思い出真面目に熱心なところは、そう言った要素が原因なんだろうと思う。


「はい、先生はここに座ってケーキを待っててくださいね。芳野先生以外の先生に食べてもらえるのは久しぶりだから緊張するわ」


そう言いながらも、見ただけで美味しそうなパウンドケーキを切り分けて皿に盛りつけていた。


ケーキの横にはホイップクリームも添えられていて、見た目だけならオシャレなカフェで出てきてもおかしくないと思った。


さて、一口いただこうと思って皿の周りを見てもフォークが無かった。


箸やスプーンも無いようなので、手掴みで食べようとしたところ、なぜか手を叩かれた。


今日は女性によく叩かれる日なのかもしれない。


「先生、素手でケーキ食べるのは行儀良くないですよ」


左手を腰に当てて、僕の手を叩いた右手でゆびをさしながら生徒は言った。


手を叩いたり人を指さすのも行儀がよくないとは思うのだけれど、ここは我慢しておこう。


そのまま様子をうかがっていると、一人の生徒がフォークを持ってきて部長に渡した。


部長はそのフォークで一口大に切り分けると、少しだけクリームを載せた。


「先生は独身だから特別にケーキを食べさせてあげるわ。若い女の子から食べさせてもらえるなんて幸せ者ね」


そう言いながらも部長は僕の口元にケーキを運んでくれていた。


僕は口元に運ばれてくるケーキを一切見ずに、部長の目だけをじっと見つめて口を開けた。


部長がちょっと目をそらしたため、ケーキが少しずれて口のここにクリームがついてしまった。


「あら、先生はケーキもちゃんと食べられないのね」


「いやいや、部長が先生に見つめられて照れたからじゃない」


「そうよね、部長はマジ照れしてたよね」


冷静を装っていた部長はあっさり他の部員たちに見抜かれていて、顔を赤らめながらフォークを振り回していた。


パウンドケーキは見た目だけではなく味も良かった。


ややあっさりした味わいの生地と甘いホイップクリームが絶妙にマッチしていた。


味の感想を素直に伝えると部長は勝ち誇ったように喜んでいた。


他の部員たちもフォークを持ち出して僕に対して餌付けするような勢いで食べさせてくれていた。


そんなタイミングを見計らったかのようにソフィアさんは家庭科室の扉を開いた。


「良い匂いがしていると思ったら、マサ君先生だけずるい」


怒っているソフィアさんはじっとケーキを見つめていた。


部長さんが持っていたフォークをソフィアさんに渡すと、他の部員が新しく持ってきたケーキを受け取り一口食べていた。


「美味しい~。この味ならお店で売っててもおかしくないわ。マサ君先生の分も私が食べたいくらい」


それを聞いた部員たちは、奥の棚からクッキーやマカロンなどを取り出して次々とソフィアさんの口に入れていった。


外国人特有のリアクションで絶賛されたお菓子たちはあっという間にソフィアさんの体の中へと吸収されていった。


「こんなに美味しいお菓子はイギリスでも食べたこと無かったわ。お茶にも合いそうだし紅茶にも合いそうだし、お菓子作りの天才集団ね」


僕はケーキしか食べていなかったけど、美味しかったから満足しておこう。


ソフィアさんは家庭科部の部員達ともすでに打ち解け合っていて、また試食に来る約束を取り付けていた。


僕は皿を洗っている部長さんのもとへ近づいて行った。


「僕も他のお菓子の試食に協力するよ」

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