第32話 齋藤さんのケーキと金髪の勇気 その7(全8話)

「そう言えば、ナナの悩みって何なの?」


齋藤さんはカバンの中から大学の資料を出すと机の上に広げだした。


資料は結構読み込まれているようで、同じ資料も何点かずつ用意されているようだった。


「ナナはどこの大学に行きたいの?」


齋藤さんは腕を組んで少し悩んでいたようで、ソフィアさんの質問から答えを聞くまでは少しの間があった。


「私は多分、大学にはいかないと思うんだ。弟が運動よりも勉強が好きな子で、大学に行って勉強したいって言ってるのね。でもさ、うちってそんなにお金持ちじゃないから、二人も大学に通わせるのは無理だと思うのね。なので、私は社会人になって家計を助けようと思っているの」


齋藤さんは一学期の進路希望調査でも進学ではなく就職を希望していた。


出来ることなら陸上が出来る実業団のある企業がいいらしいのだけれど、そのような企業に就職するのは勉強だけでなく部活も相当努力しないといけないだろう。


「せっかく陸上続けているんだから、大会で活躍していいとこに入れるといいね」


「うん、それが一番の理想だけど、私程度の成績じゃそんなのは無理だって知っているんだよね。でも、中学の時にアリスと一緒に走ってて思ったんだ。記録も大事だけど、誰かと一緒に頑張ったって思い出の方が大事だなって」


「記録よりも記憶だね」


「………アリスもナナと一緒に部活出来るの楽しいって言ってたし、うちの高校を目指してるって言ってたよ」


「アリスなら陸上の強い高校にも入れそうだけど、この学校を選んでくれるなら私も嬉しいな」


「記憶に残る高校生活だね」


「………今度顧問に頼んでアリスも練習に参加してもらおうかな。それがダメだったらソフィーも一緒に河川敷を走ろうね」


「二人のペースについていけないから自転車使ってもいいかな?」


「その方が私たちも走りやすそうだけど、前みたいに犬とか追いかけるのやめてね。ソフィーってふらふらしやすいから、探すの大変なんだよ」


ソフィアさんは昔から一人ではぐれてしまうことが多かったけれど、今でもそれは変わらないらしい。


アリスは一人で行動することが多かったけど、みんなといる時はなるべく離れないようにしていた気がする。


いつでも誰かと一緒にいたソフィアさんと、ほとんど一人でいたアリスの違いかもしれない。


「それでね、私は出来ればお菓子とかケーキを作る仕事がしたいんだけど、結構我流でやっちゃってるから専門学校とか行った方がいいのかな?」


「どうなんだろう、ナナのケーキとかお菓子は美味しいんだけど、お店のとはちょっと違う素朴な感じだもんね」


「僕が思うに、食材とか調理方法とかは間違っていないと思うし、お店で出しているやつよりも丁寧に作っていると思うよ」


僕が口を開いても普段はあまりリアクションを返してくれない齋藤さんが珍しく反応した。


「じゃあ、先生は何が違うと思うんですか?」


「火力じゃないかな?」


「火力なら家のオーブンでもお店のとそんなに変わらないと思うけど、そんな繊細な管理が必要なのかな?」


「わからないけど、中華とかも家と店じゃ全然違うからね」


「マサ君、ナナは真剣に悩んでるんだから真面目に考えようね」


真面目に考えていたのに、きっと答えは違うんだなと思って新しいお茶をみんなに淹れることにした。


「火力じゃないかもしれないけれど、食べ比べて見なくちゃわからないんだし、この中でお店のケーキを一番食べているソフィアさんにたくさん試食してもらって違いを見つけてもらおう。ちょうどまだ余っているしね」


新しいお茶と齋藤さんの作ったケーキをソフィアさんの前に置いてみる。


ソフィアさんは齋藤さんには見えないようにお腹をさすってアピールしているが、友達の悩みを解決するために少しでも違いを見つけてもらわなくちゃ。


心なしかフォークを持つソフィアさんが小刻みに震えているような気がしているのだけれど、ちゃんと味わって食べてもらいたい。


「ナナのケーキは美味しいんだけど、今はちょっとお腹いっぱいなんだよね。実はさっき家庭科部の人達にお菓子たくさんもらっちゃって」


「なんだ、それならそうと早く言ってくれたらよかったのに。先生はお腹空いてます?」


「あ、マサ君先生は少ししか食べてないから大丈夫だと思います。私がマサ君先生の分まで取って食べたから」


「先生の分まで食べるくらい美味しかったの?」


「美味しいのは美味しかったんだけど、すごくお腹空いてたから」


「私も今度ケーキ持って家庭科部に行ってみようかな。そうすれば何かわかるかもしれないし」


「道具と掛かりて一緒に作ってみたらいいんじゃないかな?」


僕の発言は時々ではあるが、二人の心に届いてはいるらしい。


「なによ、マサ君先生なのに良い事言うじゃない」


「本当、先生ってそういう発想も出来るんだ」


結構酷いことを言われているような気がしているけど、この二人だけだとそう言うことが多いって前から思っていた。


二人がお茶を飲みながら今後について相談していると、扉がゆっくりと開いて鈴木さんが入ってきた。


「会長がさっき来ていたみたいだけど、何か変なこと言っていなかった?」


鈴木さんは普段は人前ではかけていない眼鏡を外しながらそう言って中を覗いていた。

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