それぞれの想い編
第52話 会長の想い
「三組の田村さんといまだに連絡を取れないみたいなので、ほんの些細な事でもいいから思い当たる事がある人は後で先生の方までお願いします」
僕がいつも通りにホームルームを終えて職員室に向かおうとしていると、いつものように生徒が話しかけてきた。
「ねえ、先生ってアリスちゃんとどこに行ったりしているの?」
「アリスは中学三年生で受験も控えているし、ソフィーみたいに受験じゃなくて推薦取れそうな感じだって言ってたよ」
「うん、アリスは私よりも頭がいいし、部活も真面目にやっているから多分推薦も楽勝です」
「そうだといいんだけど、二人がそこまで言うんなら大丈夫なんだろうね」
僕もたまにアリスの勉強を見てあげたりしていたけれど、難しいことでも当たり前のように解いていく姿を何度も見ていた。
ただ、日本語独特の行間を読むことが苦手なようで、文章問題などでは時々ケアレスミスでもったいない間違いをしていたりもするようだった。
推薦だとしても受験まではまだ半年近くもあるし、受験のストレスや疲れが見えてきたら何か発散できるような事をしてあげようと思う。
「ねえ、マサ君先生ってアリスには昔から優しいけど、何かあるのかな?」
「特にこれといった理由はないけれど、みんなが仲良く遊んでいるところをずっと見ていて思ったのは、アリスは一人だけ年下なのに頑張ってみんなについて行っているなって事かな」
「それは何かわかるかも。アリスちゃんって今ではソフィーより体力あるけど、小さい時は全然弱かったもんね」
「ほんと、今はアリスに体力面で勝てる自信が無いよ。一緒にお風呂に入ってもお腹周りとか全然違うもんね。……って、マサ君先生は変な事想像してない?」
「ええ、ちょっとそれは引くかも」
僕は二人のやり取りを無視して職員室に向かう事にした。
「ねえ、私達は今日ナナミンの部活を見に行くんで部活の教室にはいかないと思います。マサ君先生は私達に気にせず仕事頑張ってね」
ソフィアさんがそう言って手を振りながら去っていくと、それに続いて鈴木さんも走っていった。
廊下は走らないように注意しても、ソフィアさんはそれを聞こうとしてくれないのが少し悲しかった。
今年の夏は雨が多かったような気もしていたけど、過去の天気を見てみるとそれなりに晴れている日もあったようで、毎回の事ではあるのだけれど、僕に予定がある時は良くても肌寒い曇りの日で、大半は雨が降っていたような記憶が強い。
「今日は金髪ちゃんがいないんですか?」
生徒会室の前を通りかかった時に生徒会長の葵さんとばったり会ったのだけれど、会長の目線の高さは僕でもソフィアさんでもなく鈴木さんくらいの身長の人に合っているような気がしていた。
「金髪ちゃんがいないってことは鈴木さんもいないんですよね? じゃあ、先生に話しかけたのも時間の無駄だったのかもしれませんね。ごきげんよう」
そう言ってから生徒会室に入ろうとしていた葵さんの動きが止まったかと思うと、そのままこちらを振り向いていた。
「そうそう、先生にはちょっと聞きたいことがあるので、後程になると思いますが、視聴覚準備室に行きますね」
今度こそ生徒会室に入っていった葵さんではあったけれど、何時に来るのかわからないので今日も僕は視聴覚準備室で仕事をこなすことになりそうだった。
そう言えば、今日はなんだかんだと忙しかったせいで昼食をまともにとっていなかった事を思い出して、何か食べるものがなかったかと思い出してみたけれど、視聴覚準備室にあるものはほとんどソフィアさん達に食べられていたので、お腹に溜まりそうなものは何もないはずだった。
何となく購買に足を向けてみたのだけれど、部活も本格的に始まっているこの時間には食べ物らしい食べ物は何も残っておらず、簡単に摘まめるお菓子を数点買って視聴覚準備室に向かった。
本州の方ではいまだに気温が高くて真夏日になる事も多いようではあったけれど、僕が暮らすこの街は真夏だとしても夏日になる事はほとんどなく、朝晩に至っては気温が一けたになる事も多かった。
そんな中ではあるのだが、本日は日差しも強いせいで気温も高く、窓辺に立っていると若干汗ばむような気候であった。
視聴覚準備室から見えるグラウンドは三年生が抜けたためいつもより人数が少なく見える野球部とサッカー部が活動しているようだが、三年生がいた時よりも気合が感じられるような掛け声が聞こえていた。
買ってきたお菓子を食べようか迷っていると、軽いノックが聞こえてきて、そのままお菓子をしまって来客者を迎え入れることにした。
「失礼します。本日は先生に折り入って相談したいことがありまして、足を運ばせていただきました。今日は私一人ですが、変な事をしないでいただけると後悔しないで済むと思います」
「変な事って何を考えているのかわからないけれど、会長が僕に相談とは珍しいね。どんな事かな?」
「そうですね、私も女子なので人並みに恋をしているのですが、それが本当に恋なのかわからないのです」
「会長から恋愛相談をされるなんて誰も想像が出来ないだろうね。で、鈴木さんの事が好きな気持ちが恋なのか知りたいって事かな?」
僕の発言を聞いて会長は動揺したようで、僕との距離を一気に縮めるとその小さい手で僕の口を覆った。
「セ、セ、先生は何をおっしゃっているんですか? 私が好きな相手が鈴木さんだってどうしてそう思うのですか? さては、アヤメが何か言いふらしたんですか? 正直に言ってください。それくらいで私たちの友情は崩れませんから」
僕は正直に言おうと思っていたのだけれど、口を覆う会長の手が邪魔で喋れなそうだったので、手をどけてもらうと僕が感じたことを伝えた。
「多分だけど、鈴木さんとソフィアさん以外はみんな会長の気持ちに気付いていると思うよ。もしかしたら、鈴木さんも気付いているんだけど気付かないふりをしているのかもね。でも、ソフィアさんは完全に気付いていないと思うよ」
会長は僕の言葉を完全に聞き終わる前から両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んでしまった。
「私の気持ちがみんなにバレているなんて思いもしなかったわ。でも、それならそれで鈴木さんの気持ちを知るチャンスじゃないかしら。先生って鈴木さんの小さい時の話も知ってそうだし、色々教えてもらう事にするわ」
顔を覆っていた両手がいつの間にか僕の両肩に乗っていたのだけれど、肩を掴む力が女性とは思えないほど力強かったので、それほどの思いが込められている事を知った。
「僕が知っている事と言っても、そんなに珍しい事は知らないと思うし、学校以外で会長が知らなそうなことだと、鈴木さんには妹がいるって事くらいかな」
「ちょっと待って、鈴木さんに妹がいるらしいって話は聞いたことがあるけど、それは実在しているのね。もしかして、その妹さんも鈴木さんみたいに美人なのかしら?」
「美人かどうかは人それぞれだと思うけど、愛嬌のある可愛らしい子だよ」
僕はパソコンの中にみんなで撮った写真があった事を思い出して、写真のフォルダの中を探してみた。
鈴木さんの妹である愛華さんの写真は何枚かあったのだけど、これを見せていいのか悩んでしまっていた。
「ちょっと、どうしたの? 写真があるなら見せてくださいよ」
「うーん、本人に黙って見せてしまっていいのかって思っちゃってさ。本人に許可を取ろうにも連絡先を知らないし、また後日って事で良いんじゃないかな?」
「それは困るわ。もしここで見ることが出来ないにしても、完全に見ることが出来ないってわからない限りは諦められないじゃない。見れないなら見れない、見れるなら見れるってわからないと今晩からぐっすり眠る事も出来なくなると思うわ。ねえ、金髪ちゃんでも齋藤さんでもいいから妹さんと連絡取れる人に聞いてもらえないかしら?」
そう言われると会長さんが少し可哀そうな気もしてきたので、僕はアリスに連絡を取ってみることにした。
アリスと愛華さんは同じ学校だし、放課後なんかも一緒にいることが多いので良いにしても悪いにしても答えは貰えるだろう。
「じゃあ、ソフィアさんの妹に聞いてみることにするよ。部活中だと思うから連絡はすぐに返ってこないと思うんだけど、会長さんはそれでもいいかな?」
「連絡がもらえるならいくらでも待つわ。待っている間は退屈だろうし、読書でもしている事にするので、先生は仕事を片付けてくださいね」
僕はアリスにメッセージを送ると、そのまま携帯を机の上に置いて仕事に取り掛かる事にした。
カバンの中から資料を取り出すと、その横に先ほど買ったお菓子が転がっていた。
そのお菓子を取り出してパッケージを開けると、その音に気付いた会長さんが一瞬こちらを見ていたのだけれど、お菓子だと気付いてすぐに読んでいた本に視線を戻していた。
一応携帯を見てみたのだけれど、アリスからの返信は来ていなかった。
スティック状のお菓子を食べながら仕事をこなしていると、携帯の着信を知らせるランプが激しく点滅していた。
「あ、アリスから着信だ」
思わず口にしてしまっていたが、そのまま出るとアリスの元気な声が聞こえてきた。
「久しぶりに連絡くれたと思ったら私の話じゃなくて愛ちゃんの事なのはどうなのかな? もしかして私の事を忘れているのかな?」
「アリスの事はもちろん忘れるわけないじゃないか。それに、部活とか受験の邪魔しちゃ悪いかなって思っただけだからさ」
「もう、そんな事気にしなくていいのに。それに、連絡貰えた方が頑張れたりするんだよ。これからはもっとたくさんメールしてくれていいんだからね」
「わかったよ、これからはちょくちょく連絡するからさ。それと、愛ちゃんは見せちゃ駄目って言っていたよね?」
「愛ちゃんは別にいいよって言っているけど、会長さんの写真も送ってって言っていたよ」
「そうか、それくらいなら大丈夫だと思うから伝えとくよ」
「うん、待ってるね。それと、練習再開するみたいだから行ってくるね」
「おう、部活頑張ってね」
「ありがとう」
通話が終わるといつの間にか横に立っていた会長にぶつかりそうになってしまって少し焦ってしまった。
会長はいたって冷静な感じで、僕との距離をさらに詰めると襲い掛かる勢いで問いかけてきた。
「で、どうなの? 私は写真を見ても良いの?」
「ああ、それなんだけど、条件があるって言っていたよ」
「どんな条件なの?」
「会長の写真も見たいから送ってくれってさ」
「それくらいだったらお安い御用よ。普通にしてたらいいのかしら?」
「鈴木さんが見るかもしれない写真になるかもよ。普通でいいのかな?」
僕は少しだけ意地悪をしてみたのだけれど、会長は何か思うところがあるようで、僕の予想とは裏腹に提案に乗る事にしたみたいだった。
「先生の腕は知らないけれど、そこにあるカメラは性能がよさそうだし、それで何枚か撮ってちょうだい。その後は私が厳選して妹さんに送る事にします」
何がここまで会長の気持ちを奮い立たせているのかわからないけれど、やる気になっていただけるなら僕も写真を撮りがいがあるというものだ。
さて、少しだけ日が傾いてきたので早めに何枚か撮ろうと思うのだけれど、会長はポーズだけではなく構図にもこだわりだしてしまい、納得するような写真が撮れた時には夕日が地平線の先へと消えようとしていた。
撮った写真を一緒に見ていると、同じような写真なのに少しだけ表情が違うだけで雰囲気ががらりと変わる事に気付かされた。
今までは綺麗な物を綺麗な構図で撮れれば満足していたのだけれど、これから人物を撮るときはモデルの気持ちも理解しようと決めた。
会長の気持ちは理解できていないと思うけれど、お互いが通じ合えば何とかなるのだろうと思い、アリスに送る写真を選ぶ作業に集中することにした。
パソコンの前に僕が座ってその横から会長が覗き込むような形で写真を選んでいたのだけれど、横からだと見づらいのか、会長は時々僕とモニターの間に顔を入れて真剣に選んでいた。
「どれも綺麗だとは思うんだけど、鈴木さんが見るかもしれない写真なら変な写真は送れないわね。先生はどれがいいと思うかしら?」
「どれもいいと思うけど、これなんかは会長の柔らかい表情が良いんじゃないかな?」
「あら、そう言ってもらえると嬉しいわね。では、これをベースに何枚かに絞って送りましょうね」
僕達は再び写真を選別していたのだけれど、僕がお菓子を食べながら作業をしていると
「そのお菓子美味しそうね」
と会長が言い、その言葉に反応して会長の方を向くと、会長は僕のくわえているお菓子の先端から少しだけ口に含むとソレを噛み切った。
「こういったお菓子はあんまり食べないんだけど、意外と美味しいものなのね」
僕は一瞬何が起こったのかわからなかったけれど、これ以上ないくらい近い距離に会長の整った顔があった事にドキドキしてしまっていた。
「美味しかったから普通に一本いただくわね」
そう言って新しいお菓子を袋から取り出すと、先ほどとは違う味で驚いたのか、会長の食べかけのお菓子と僕が食べているお菓子を交換されていた。
「その味はあまり好みではないので先生に返しますね」
深い意味はないのだろうけど、計算なのか天然なのかわからないその行動に少しだけ心臓が早く動いているのを感じていた。
そんなこともあって厳選した五枚の写真をアリスに送ると、会長は僕のパソコンの中の写真を食い入るように見ていた。
「今の鈴木さんも綺麗だけど、こんなに小さい時から可愛らしいなんて天使かしら。齋藤は小さい時から変わらないみたいだけど、金髪ちゃんは絵画に出てくるような天使そのものね。ところで、妹さんはどちらかしら?」
「それなら最近の写真だと思うんでこっちのフォルダかな?」
「ちょっと待ちなさい、そんなに写真を撮っているの?」
「どこかに行くときは親御さんにも頼まれたりしてたから、その流れで写真を撮る習慣が身についただけさ」
「まあ、親御さんの頼みなら仕方ないわね。それに、そのお陰で私の知らない鈴木さんの姿がこんなに見られるのだから、親御さんにはますます足を向けて寝られないわ」
ますますの部分が気になってしまったけれど、僕は特に触れずに最近の写真があるフォルダを開いてあげた。
会長は食い入るように写真を見ていたのだけれど、愛華さんの写真を見て思考が停止してしまったようだった。
「ちょっと待って、鈴木さんの妹さんの胸に何か詰めたりしているの? 顔は鈴木さんに似ているからわかるけど、胸の部分の異様なふくらみは何? 制服を見る限り中学生だと思うんだけど、それにしても大きすぎるんじゃないかしら? うちの教員にだってこんなに大きい人はいないわよ。いえ、私が今まで会ってきた人の中にもこんなに大きい人はいなかったわ」
そう言って写真を凝視していた会長は次へ次へと写真を見て行った。
「先生、今日はちょっと驚くことがあったので相談は出来なかったけれど、相談に乗ってもらう以上に有意義な体験が出来たわ。よかったら鈴木さんの写真を私にも送ってね」
「それなら、今度鈴木さんと一緒にここに来た時にでも写真を撮ってあげるよ。ツーショットなら会長も嬉しいでしょ?」
「あら、先生にしては素晴らしい提案だわね。その時を楽しみにしているわね」
そう言うと会長は一礼して視聴覚準備室を出ていっていた。
下校時刻を知らせるチャイムが鳴ったのはそれから十分ほどたった後だった。
僕はやりかけの仕事を片付けてしまおうと思ってパソコンに目を落とすと、携帯の着信を知らせるランプが再び点滅していることに気が付いた。
携帯を見るとメッセージが届いていた。
『会長さんって美人なんだね。そんな美人な会長さんの写真をたくさん撮ったみたいで楽しそうだね。今度は私の写真も撮らなきゃダメだよ。でも、マサに撮られるのは緊張しちゃうかも』
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