第29話名も無き魔剣の最期2

 ギロチンのような大きく鋭い歯が、クラーケンの口にぐるりとあって、滑り落ちてくる人間を迎え入れようとガチガチと煩く鳴っている。




 傾斜に耐えきれずに落ちていく人の横を滑り、先にクラーケンの口まで降りてきたセスが勢いよくフレニムを払うと、割れた巨大な歯の破片が海へと落ちていった。




「よっ、と」




 近くで蠢く触手を船ごと剣を突き立て、両脚はクラーケンの口の際を踏みしめて身体のバランスを保つと、悲鳴を上げて落ちてきた人の襟首を掴んで横に投げた。


 どうにかマストの柱に掴まったのを見届けていたら、歯無しになったクラーケンの触手がセスの胴体に巻き付いてきた。




 フレニムを引き抜き、返しざまに絡み付く触手を斬ると、野菜でも切るかのように簡単に切断できた。これが普通の剣ならこうはいかない。


 自由になったセスが他の触手を踏み台にしながら跳び、狙いを定めて円い窓のような魔物の目に思いっきり突き刺した。




 声帯の無い代わりに、触手をのたうって苦しむクラーケンが船からずりずりと下がる。反動で波を被ったが、船は水平とはいかないまでもバランスを保てるようになった。




 クラーケンの青黒い体液を浴びてフレニムが妖しく輝きだした。




「っは………な、んだ?」




 セスは魔剣に自分の魔力を渡しながら身震いをした。今までにないぐらい気分が高揚して、背筋をゾクゾクとしたものが駆け上がる。


 戦いに快感を得ている?




「ハア…………美味いか、フレニム?」




 ドクンドクンと心臓が愉しげに跳ね、知らず口角を上げた。




 おそらく魔剣がフレニアだと知って扱っているからだとセスは推測した。


 こうして本来は美しい女である剣を手にして操り、魔物を屠り、そして彼女にその血肉を与える行為全般に自分は興奮している…………らしい。




「い、いや、変態か俺は!」




 バシュ!ズバ!と軽快な音を立て触手をぶった斬りながら、変に乱れる息を逃して独りで喋るセス。




 嫌そうだったが、ちゃんとクラーケンの血肉を啜り魔力を溜め込んだらしい。フレニムの魔力の紅い光が最高値に達した。




「フレニム!」




 呼んだセスに応えて、魔剣が海水を魔力で操る。船よりも高く水が巻き上がり、クラーケンの身体を素早く水に閉じ込めた。




「海流裂斬水!!」




 スイッチの入ったセスがフレニムの刃先を水球に向けて叫べば、その中にいるクラーケンは、高速で動く無数の水に細切れにされていった。




「魚の餌となれ!」




 セスは途中まで見て、水球に背中を向けた。




「……………ハア………っ」




 気分の高揚が異常だ。まるでおかしなクスリをやったかのようで、セスは落ち着こうと口元を片手で覆った。




 そんな彼の傍で脱げた自分の服に潜り込んだフレニムが、ふわりと人型を取った。




「な………何、これ?」




 ペタリと座り、長い裾のローブのような服をフードを外して軽く被った格好で、フレニアも頬を赤く染め上げて息を乱していた。




「き、君もか」


「なん、なの」




 潤んだ碧青の瞳で見上げてくる女の色気に、セスの落ち着きかけた心臓が再び加速し出した。




 クソ、可愛い。




「うっ!俺を、殺す気か」


「何言って…………」


「うわ!」




 何かに脚を引っ張られて、いきなり甲板に叩きつけられたセスは、ズルズルと引き摺られていく。


 細切れを免れたクラーケンの触手が一本、本体を失った状態にも関わらずセスを海に引きずり込もうとしていた。




「セス!」




 驚いたフレニアが追いかけようとした時、横から飛び出した影が触手に刃を振り下ろした。ザクッと小気味良い音と共に綺麗に切断された触手は、今度こそ海の藻屑へと還っていった。




 巻き付いたままの触手の先を、ポイと投げ捨てセスは立ち上がった。




「それは魔剣ね?」




 フレニアの問いに、おずおずと頷いたのは12、3ぐらいの年の少年だった。




「魔剣?この子供が魔剣使いだと?」




 セスに近づかれて、少年が怯えたように後退する。




「ぼ、僕………そんなんじゃありません。たいして使えないし」


「………………そうね、魔力の相性はそれほどでもないみたい」




 同じ魔剣として感じることができるのか、フレニアは少年が持つ薄緑に輝く刀身を見て分析するように目を細めた。




「相性……………」




 セスは、その単語を反芻して、チラッとフレニアの表情を窺った。




「あ、あのさ、もしかして俺と君の相性って」


「だ、黙って!」




 動揺したフレニアが、セスから顔を背ける。




 彼女との魔力の相性が、更に高まっている?




 それが分かって、セスも恥ずかしくなって彼女とは真反対の方へ顔を逸らした。




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