第27話ベガラナの悲劇3
人の負の本性を暴くのが魔物なら、ここまでのことをするカザルフィスの想いは並大抵のものではなかったのだろう。
フレニアへの恋心、開発した魔法を存分に使ってみたいという欲望と力への憧憬。残虐な破壊衝動。
形は違えど、誰もが少なからず持っていて隠しているものだ。魔物となったのが、偶然魔力の強い魔法使いだったにすぎない。
可哀想なカザルフィス。
フレニアは彼の凍えるような微笑みを見ながら、そんなことを思った。
「あなたを憎みます。カザルフィス」
上擦る声で、精一杯の思いを込める。
「この身がどうなろうが…………私は生きている限り、あなたを憎む。いいえ、死んでも憎みます。そして父や兄達、ベガラナ国の無念に報いる為、きっと仇を討ちます」
『無力なおまえに何ができる?』
つっ、と指で唇をなぞられ、フレニアは震えの止まらない体が悔しかった。
「そ、それでも、いつか必ず」
自分はそうやって恨み言をぶつけることしかできない。けれど、フレニアにはこれが全力の抵抗だった。
髪を引っ張る手が後頭部をに回り、強引に引かれる。顔が近付く。
「んんっ!」
なんて冷えた接吻くちづけだろう。フレニアには、嫌悪しか湧かなかった。
がむしゃらにカザルフィスの肩や胸を叩いた。身長差もそれほどない相手であるにも関わらずびくともしない。自分の脆弱さと彼の圧倒的な力を思い知るだけだった。
唇がようやく離されて、振り上げた手は易々と捕らえられた。
「あ!」
砂地へと仰向けに倒されて、薄く積もった粉雪がフレニアの周りを舞った。
片手で彼女の両手を掴んで頭上で固定して、着のみ着のままだった真紅の衣装にカザルフィスは触れた。
『おまえの肌にどんなに触れたかったことか』
銀の刺繍で装飾の施された襟を辿った手が、躊躇うことなくそれを引きちぎった。
「きゃあ!?」
ブチブチと釦が跳び、胸元まで白磁の肌を晒し、フレニアは屈辱と恐怖に思わず叫んだ。
「いやあ!兄上助けて!」
必死で頭を巡らすと、ヘゼルスタは片腕を失ってはいたが、うつ伏せで肩で息をついていた。意識はあるのか少しだけ身体を起こしていた。
生暖かい舌が首を舐めて、固く身を強張らせる。
先程誓ったばかりなのに、自分の身体を這い回る手や鎖骨に感じる息を感じて、いっそ殺して欲しいとフレニアは願った。
妥協などせず、誇り高く清らかな身でいたのは何のためだったのか。
希望なんて何もない。復讐を誓おうが私はこんなにも弱い。どうしてこんなに弱いのか。
こんなことなら生まれなければ良かった。
「…………わたしを…………殺して……殺して!」
自分の愛する全てを傷つけ命を奪ったモノに我が身を穢されるなど耐えられない。
「いや離して…………いや!」
『フレニア』
「やめて」
『フレ…………ニア』
頬にポタリと雫が落ちた。
覆い被さる魔物が、触れる手を下ろして何もしなくなったのに気付き、フレニアは薄く目を開いた。
涙を流すカザルフィスを見た。
「あ…………」
『フレニ、ア』
苦悶と絶望に顔を歪め、カザルフィスはフレニアを見下ろしていた。
「人の姿を鋭利なる刃へ変えよ………生ける者よ、意志ある剣となれ」
その時、ヘゼルスタの詠唱が聞こえ、フレニアの身体を光が包んだ。光は体内に浸透し、身が軽くなって視野が広くなったような奇妙な感覚があった。
兄の魔法が自分に何かをしたのだと思ったが、具体的に何が起きたかは分からない。ただ魔法を受けた時に相手が解けなくなる場合を考慮して、保険として自ら解術できるようにすることは幼い時に誰でも学ぶことだった。だから咄嗟に、思い付いた解術条件を組み込む。
「フレニア!」
呼ばれた途端、倒れたまま手を差し出す兄に向かって飛び、掴まれたことに驚く。じわじわと水を吸うように兄の魔力を吸って、フレニアは声を上げた…………つもりだった。
『あ、あにうえ、魔力が』
「死ぬな!滅んだ国と人々と俺の無念をおまえが晴らせ!自らの身を刃に、いつか仇を斬れ……………行け!」
手から放された時、フレニアは与えられた兄の魔力によって宙を舞った。
そこでようやく知ったのだ。自分が人の形をしていないことに。
兄の意志が働くのか、フレニアはその場からぐんぐん離れていくことを止められなかった。
最後に見たのは、力を振り絞って妹だったものを見送るヘゼルスタ。そして涙を流したまま彼に近付くカザルフィス。
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「だからセス、私は必ず倒さなければならないの。その為にセスの力を貸して欲しい。100年経って、ようやく共に闘える人に会えた」
ベッドに仰向けに寝転がり、フレニアは疲れたように息を吐いた。
「つまり、君の仇は」
「ええ、魔剣カザルフィム。そしてそれを振るう魔剣使いヘゼルスタ……………魔剣に操られる兄の骸むくろ」
おそらく肉体の時間さえ操られているのだろう。何年も若さが変わらなかったり、いきなり老いたり、何より朽ち果てない。
残酷な話だと思う。
死して仇に操られるとは、どんなに辛いことか。
「早く兄を解放してあげねば…………」
黒い魔剣士に出会った時に、なぜあれほどフレニムが憤ったのか、セスはようやく理解した。
「セス?」
慰めたくて彼女の頭に手を置けば、一瞬驚いたような顔をしてフレニアが自分の手の甲を目蓋に当てた。
「同情するなら、こんなことより私と仇を討って」
「……………100年も、ずっと苦しかったな」
強がるのを無視して言えば、彼女の声は震えた。
「わ、私は泣かないわ」
たった一人か弱い女の魂が100年も凄惨な記憶と復讐心を抱えて生きるのが、どれほど辛いものだっただろうとセスは思う。
しばらく目蓋を隠していたフレニアだったが、いたたまれなくなったのか剣へと変貌を遂げてしまった。
「…………………」
それを見て、セスはベッドに上がると人間にするように鞘に収めた魔剣に布団を掛けてやり、隣に横になった。
「おやすみ、フレニム」
剣を引き寄せて懐に抱き、セスはできるだけ優しく囁いた。
ひんやりとした魔剣が、小さくふるりと震えた。
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