魔剣使いと最強の剣になった私
ゆいみら
第1話無機物ですが、何か?
セスは取り囲む魔物を見渡し、鼻で嗤った。
緑色の肌をして、尖った耳に濁った黄色の目の魔物ゴブリンが100匹ほど群れをなして、たった一人に今まさに襲いかかろうとしていた。
普通の人間なら、小柄な魔物とはいえ棍棒や鋭い爪や牙を武器に集団で襲うゴブリンに囲まれたとなっては、容易に死ぬ未来を想像するだろう。
だがセスは余裕の表情で、腰にある長剣を鞘からスラリと抜いた。
途端に紅色の刀身から、紅蓮の焔のように見える魔力が可視化できるほどの濃さで発せられる。
「腹が減っているか、フレニム?」
セスの人差し指と中指が、魔剣フレニムの妖しく光る刀身を優しげになぞる。
すると、ふるりと刀身が震えたように見えた。
「そうか嬉しいか」
不敵な笑みを湛えたまま、セスが剣の束辺りに唇を当てた後、腰を少し落として構えた。
「食事の時間だ。たらふく喰えよ、マイレディ」
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……………………剣なの。
ええ、剣、それも魔力持つ剣の上、心の宿る無機物ですとも。
これには深い理由があるけれど、こう見えて私、昔は人間の女性だったわ。結構な美女だったと自負しているの。
剣自体は年代物になりつつあるけれど、剣に姿を変えた頃の年齢は20歳という若さだった。もう本当どうしてこうなったのか、いえ分かってはいるのだけどね。
今の私は、こうして独り言を心でぶつぶつ言っている間にも、孤高の魔剣士セス(25歳、独身、彼女募集中)の手に握られてゴブリン共を斬って斬って斬りまくっている。
それは鮮やかな舞の如く!緑色の血飛沫は舞い散る花吹雪!紅蓮の残像を引き、響くは肉を断つ調べ!
「美味いか、フレニム!」
〈お、美味しいわけないでしょ!〉
そう思うのに、刀身に滴る魔物の血を我が身が吸収していく。厳密には血ではなく、それに含まれる魔素という魔力の元を吸収しているのだ。
〈あ………おいし、ふええ〉
こんな見るからに気持ち悪い色した血を美味と感じるようになった我が身が辛い。もう100年程こんな状態だが、こればかりは屈辱的だ。
何この飽きの来ないスナック菓子みたいな味。
「はは、そうか。久々の獲物に喜んでいるな」
セスが魔物の血を糧に魔力が増大した私を黒い瞳を細めて見つめる。
〈見ないでえ〉
私としては裸の姿をじろじろ見られているに等しい。
いえ、剣ですけどね。セスは私に心があるなんて知らないからね。知ってたら、あなたやってること唯の変態だわ。
心臓も無いのにドキドキしてるの伝わるわけないものね。
「…………ではいくか」
私の魔力が強くなったのを見計らい、セスが囁く。野暮ったい見た目と裏腹に意外にイケボで背が痺れちゃう…………感覚的に。
〈ちょっ…………やだ、耳元で囁かないで!〉
森の奥から新たにゴブリン達が加勢しに現れたので、プラマイ数が変わらない。いやプラスか。
ゴブリン勇気あるね!それとも怖いって感情無いの?
セスは全く動じることなく、棍棒を振り上げて襲いかかるゴブリンを見て、くるりと身体を捻り私を横に真っ直ぐに伸ばしてから、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
セスの魔力が私の魔力を導き、攻撃魔法に改変する。
「薙ぎ払え!殲滅の紅蓮烈風!!」
〈いやあああ!だからいい歳して中二病止めてえ!〉
私の声など聴こえるはずもなく、セスが得意気に技名を言い放ったと同時に、私から高温の風が巻き起こった。
彼がブンと剣を横に薙いだだけで、スパアンと真っ二つになったゴブリンの胴体やら首やらが飛んだ。それもあんなにウジャウジャいたのに、全て一度に殺っちまった。
人間だった時の、か弱い女子だった私は何処へ行ったのかな?
死屍累々となった惨状を気にすることなく、1人立ち息を吐くセス(本当は私もいる)
呼吸も乱さずに、剣銘『レディ・フレニム』となった私の血糊を軽く振って払うと、セスは満足気に見つめてくる。
「やっぱ相性良いな、俺とおまえ」
〈何の相性よ!?そ、そうね魔力、魔力がね!〉
何人かの手に渡って来たけれど、確かに彼ほど私の魔剣としての力を引き出すことのできる人はいないと思う。魔剣士は、魔力の相性の良い剣と出会わなければなれない。
私と出会う前の彼は、ちょっぴり腕の立つぐらいの何処にでもいる唯の彼女いないフリーの剣士だったのだ。
「おまえと出会って良かったよ」
セスが、あくまで剣に話してるのは分かってる、分かってるんだけどね。魔剣如きに、そんな恋人みたいに熱く語り掛けないで欲しい。
まあ、あなたを選んだのは私なのだけど。あくまで私の使い手としてだからね!
「俺にはおまえがいれば十分だ…………うっ、彼女なんて、い、いなくてもいいんだ」
〈めっちゃ欲しいのね!〉
すぐに立ち直ったセスが「散れ」と、もう一度だけ私で風を一陣起こした。
ゴブリンの無惨な身体が、浄化の魔法を混ぜこんだ風に吹かれて、ザアアと砂と化したと思ったら煙のように大気に溶け込んでいった。
こうした魔物は人間のように生まれるのではなく、造り出されたものだ。だから屠れば土と大気へ還る。
肉とか骨とか血とか生々しく造り過ぎだが、それでも造られたものだと思えば、斬りまくる戦闘狂と化した元絶世の美女(言い過ぎか)である私の良心も痛まない。
「はあ、まだまだ先は長いがよろしくな相棒」
〈ひゃん!〉
チュッ、と束にセスが口づけしてから鞘に戻した。
〈あ、あなたね!魔剣フェチだからってキ、キスって〉
もうね、セクハラだよね。感覚的に、そこ私の脚の付け根だからね!
「よし、帰るかフレニム。帰ったら綺麗に手入れをしてやるからな」
セスはご機嫌で森を歩き出す。
町からの依頼を達成したから、報奨金が出るのだ。
〈ぐすん、たまにはシャワー浴びたい〉
うら若き乙女だというのに、魔剣レディ・フレニム、別名『血塗れの淑女』とかあんまりだ。
まあ、いつも快活で能天気なセスに、もう少しぐらい付き合ってあげるのも悪くはないわね。
地味で野暮ったい服に髪型だが、磨けばそこそこ整ってそうな彼を見・な・が・ら・、私は一つ欠伸をした。
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