第2話選ばれし者
二週間前、セスはとある町をブラブラと歩いていた。
他国との国境が近いこの町は、人が多く騒がしい。通り沿いに屋台まで出ていて、店の者が客を呼び込む元気な声が行き交う。
「武器屋は何処だ?」
セスは剣士だった。各地に出現する魔物を、町や国からの依頼で退治して報奨金をもらって生活していた。たまにパーティーを組んで複数で依頼をこなすこともあったが、今は1人だった。
だが先日、硬い皮膚を持つ魔物を相手にして、剣が折れてしまった。武器がなければ、自分の背丈の三倍はあろうかという巨体の魔物とは戦えない。打ち身や擦り傷を負いながらも、命からがら逃げたのだった。
良い剣は無いだろうか。硬い皮膚も穿つ、自分に合う剣は。
セスは諦めが悪い。
獲物を目の前にして背中を向けた悔しさは忘れられない。今度は絶対に倒す。
世の中には、魔剣士と呼ばれる人間が僅かだがいる。彼らは自分の魔力を、同じく魔力を持つ剣と同調させて戦うという。合わさったその魔力が、魔物から魔力の素となる魔素を吸収して限界値を越えた時、『魔法攻撃』が可能になるという。
その攻撃は、魔剣により様々だ。自然の要素と魔剣と使い手の相性が揃った時に繰り出される『魔法攻撃』は滅多に見られない代物だという。
そんな出会いがあれば、ちまちま稼ぐこともないんだがとセスは思う。別に剣の腕は悪くないと思うが、人間だから魔物と普通に戦うには体力にも限りがあるし、怪我だってするのだ。
魔剣を扱えたら、もう少し楽に戦えるのだが。
人間や魔物、動物や草木、この世界を構成する全てのものには魔素がある。人間は誰もがそれを身体の中に巡らすことができる。それが魔力だ。
だが巡らすだけで、そのままだと何も起こらない。媒体になるものがなければ何もできない。媒体………つまり魔剣といわれる魔力持つ剣も、扱う人物の魔力と合わなければただの剣でしかない。
魔力の相性が良い剣を手に入れることは、宝くじを買うより見つける確率が低いとも言われている。
屋台には、他国から流れてきた光沢のある色とりどりの反物を売っていたり、靴やら雑貨やら、特に食べ物は充実していた。
セスは食欲をそそる匂いにつられて、牛肉を串に刺してスパイスで味付けして焼いた…………つまり牛串を二串買い、店先でそのまま食べていた。
一串を食べて二串目を喰わえた時、じっとこちらを見る視線を感じて目線を上げて、口から食べかけの串をボトッと地面に落とした。
行き交う人々の流れの向こう、ちょうど通りの反対側に美しい女が立って、こちらを見ていた。
波打つ銀髪が腰を越えて輝き、まるで彼女自身から放たれた光のようで、セスは眩しげに見入っていた。
遠浅の海のような緑に青みがかった瞳が、こちらを検分するように見つめている。
背丈は高すぎず低すぎず、薄く開かれたぽってりした唇に、スッと通った品のある鼻筋。首や腕の白く柔らかそうな肌。
そして着ているのは、燃えるような真紅のドレス。
高貴な出で立ちの、あまりに場違いな女性。
それなのに周りの人々はまるで意に介していないかのようで、直ぐ前を歩いて行く。
フラリと吸い寄せられるかのように踏み出し、セスは通りがかった年配の男とぶつかった。
「う!おい!」
「あ…………悪いな」
不機嫌な男に目を向けて、再び前を見た時には、彼女の姿は消えていた。
思わずセスは、彼女のいた辺りまで駆けて左右を見回した。
まだそんな遠くに行っていないはずだろうと思った。自分でも探してどうしたいのかなんて分からなかったが、あんなに美しい女性だ。気にならないはずがない。
女性が立っていた背後には、屋台と屋台の間で小さな抜け道のようになっていた。そこを通った先には、小さな建物の店が並んでいて、先程の通りより奥まった場所にあるためか、打って変わって人がまばらだった。
「骨董屋?」
建物の中でも一際小さく狭そうな、おまけにボロい店に目がいったのは、その扉が今しがた誰かが入ったらしく、閉まろうとしていたからだ。
くすんだ壁を見ながら、扉を開くとギイィと気味の悪い音を立てた。
セスは普段こんな種類の店には興味がない。おまけに商売する気もないような雰囲気なら尚更だ。
さっきの女性は幻だったのだろう。自分の欲望が見せた白昼夢とは、いささか恥ずかしい。
薄暗い店内は埃臭く…………いや実際食器や時計や絵なんかがごちゃごちゃと所狭しと埃を被っていた。
セスは、店の奥の壁際に赤い残像を見た気がした。軋む床を歩いて近付いた先には、大きな壺に無造作に突っ込まれた長剣だった。
「…………これは」
埃を払ってみると、朱金の鞘に朱金の柄が現れた。
「それが気になるかい?」
いきなり声が掛かってビクッと振り向けば、隅に古書物に埋もれるようにして机があり、そこに店主らしき小柄な老人がいた。
「まあな」
スラリと剣を鞘から引き抜けば、赤い刀身が目に入った。
セスの脳裏を、あの美しい女の姿がよぎった。
「そいつは『レディ・フレニム』っていう大層な銘があるが、何分なまくら刀でなあ、実用向きではないぞ」
「そう、なのか」
「作られた時期は100年ほど前だそうだ。何人かの手に渡ったが、料理包丁よりも切れ味が悪くて大根も切れない」
「へーえ」
つっ、と指の腹で刀身をなぞると、冷えているはずのそれに、不思議と暖かさを感じた。
「……………綺麗だ」
なまくら刀と聞いても、セスは刀身から目を外せなかった。それどころか、ひどく気分が高揚していた。
どうしてこんな気分になるのか判らないが、まるで夢にまで見た出会いを喜ぶかのような心持ちだった。
「そうだろ?鑑賞用にはもってこいだろう。1万リビでどうかね?」
「や、安っ、買った!」
セスが叫んだ瞬間、待ってましたとばかりにフレニムの刀身が赤く光を放ち、店内をまばゆく照らした。
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「まさかこんなに強い魔剣だとはな」
セスは刀身を柔らかい布で拭きながら、出会いを懐かしんだ。二週間前だが。
「本当は俺を待っていてくれたんだろ?ん?」
〈ばっか!あ、あなたがたまたま私と相性が良かったからだけだから!べ、別にあなたじゃなくても!わ、私は骨董屋で何年も埃を被っていたくなかっただけだから!きゃ!いやん!〉
微笑むセスが、私の身体を頭から腰にあたる部分まで優しく拭き回す。ついでに鞘………脚もキュッキュッと回し拭き。
〈や、やん!〉
「おまえに会えて良かったぜ、フレニム」
キュッキュッ
〈あ!〉
「はああ、やっぱ綺麗だな」
セスが私を見つめて、うっとりと溜め息をついた。
〈やああ!〉
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