第47話追う者3
椅子に座ったセスの向かいには、テーブルを挟んで同じように座っている初老の女性が一人。その後ろには30代半ばの男が控えている。
部屋の壁や床は白い大理石で造られていて、そこに鮮やかな青の絨毯が敷き詰められていた。座っている肘掛けの付いた椅子も、綿の入った布張りがしてあり座り心地が良いものだった。
部屋には他に事務的な用途らしい長机と椅子が一式備えられていて、書類が高く積まれていた。隅には観賞用の植物が陶器の鉢に飾られて落ち着いた雰囲気を醸し出している。
全体的に豪華さはないが品の良い雰囲気に、セスは少し肩の力を抜いた。
兵士に連れられてやって来たのは、街の中心に近い建物だった。屋敷というよりも宮殿のように広く、聞けば金融、行政、治安維持、商業拠点など、ベガラナティエを機能させる全てが集中している施設だという。
「魔剣使いのセス殿でしたかしら?私はベガラナティエの執政官…………長老かしら?とりあえず取りまとめをしておりますネリと申します。こちらは息子のキリク」
隣の男が丁寧に一礼する。
「母さんは長老でいいのでは?もう年齢的にそんな感じですしね」
「ほほ、まだ私若くてよ?」
「冗談はさておきセス殿…………幾つかこちらの質問に答えてもらいたいのですが、よろしいですか?」
興味深げにキリクがセスに話しかけるが、そこに悪意は感じられない。
あんな目立つことをしたのだ。色々知りたいと思うのは当然だろう。
「いいでしょう」
「では私から聞きますね」
「母さん」
「長老の顔を立てなさいな」
「急に偉そうになさらないで下さいよ」
魔物で建物や人への被害が出ているというのに、のほほんとした親子に、セスは次第に呆れてきた。
こっちは直ぐにでもカザルフィスを追い掛けて行きたいのに。
逸る気持ちがある。だがいざその時になると踏みとどまりそうになるのも事実だ。
自分は怖いのだ。
死は覚悟の上だ。それよりも怖いのは…………
「その魔剣……………フレニムと呼んでいたそうですね?」
親子漫才は終わったらしく、ネリはセスの膝にある魔剣を見ていた。魔剣になって眠っているフレニムを見ながら、つい考え事をしていたセスは、顔を上げて頷いた。質問されることは当然ながら大体予想がついていた。どこまで答えていいかは分からないが、彼らが信じるかが一番の問題だろう。
「……………そうです」
「フレニムが女性の姿に変わったのを、私も他の者も目撃しています。その魔剣…………いえ、本来魔剣とは、人が魔法で姿を変えたものだと聞いています。それは真実だということで間違いないのですね?」
「はい」
ネリ親子の身分を考えれば、おそらくここを造り上げた集団に属する者達だ。つまり彼女達はベガラナの子孫である可能性が高い。セスが「はい」しか答えていないにも関わらず、自ら答えを導き出している。
「滅びたベガラナは魔法を唯一開発していた国でした。魔剣が魔法と関係するならば、魔剣になった人はベガラナの者でしょう」
「……………………」
セスはネリの顔を見ていた。
目尻には深い皺があり小さく細く老いた身体ながら、理知的で温和な目をしている。こちらを見つめる表情からは、冗談半分で言っているのではなく真剣に信じているのが窺えた。
自分自身の目で見たからか、疑うこともなく確信を持って話している、そんな風に受け止められた。
「……………話が早くて助かります」
肯定の含みを持つセスの言葉に、キリクが身を乗り出した。
「魔剣フレニムの人としての名を、教えてはもらえないでしょうか?」
「その前に一つ言わせてください」
「何でしょう?」
膝にあるフレニムの刃先をそっと撫でる。
「『血塗れの淑女』は、100年もの間国を滅ぼした元凶と戦っています。人としての生き方を犠牲にして、人々から悪く言われても使い手と死に別れても……………心が傷付いても、ずっと」
『彼女』を見つめながら話すセスは、いつしか自分の気持ちを吐露していた。
「彼女は本当はどこにでもいる優しくて純粋で明るい人だった。こんなに辛い目に合っても弱音を吐かずに、前を向ける人だ」
「………………セス殿、分かっていますとも」
柔らかく微笑むネリを見て、セスは小さく息を吐き名を告げた。
「彼女は、フレニア。俺を使い手に選んでくれた、とても強い人だ」
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