第10話黒の魔剣士2

 昨夜のことだった。




「テムス峠が通行止めなのは、どうしてだい?二日前は通れたじゃないか」


「そうなんだがよ、昨日の朝そこで行商人のグループが魔物に襲われたらしい」




 カウンター席で、ちびちびとお酒を呑んでいたセスは、ざわつく店内でそんな会話を耳にして後ろを振り返った。




 問い掛けるのは近隣の者だろうか。一人はこの街の者で相手に説明しているが、どうやら店内はその話で騒がしいらしい。


 入店した時に感じた異様な緊迫感は、そのせいだったようだ。




「5人の内、一人だけ逃げて戻ってきた奴の話では、最初はそこに男がいたんだとよ」


「男?魔物じゃなくて?」


「それがな、髪の黒い、剣を引っ提げた男だったらしい」




 ガタンと立ち上がったセスは、いきなり話していた男の襟首をグイッと掴んだ。




「うわっ?」


「髪の黒い男だと?!本当か!そいつはどこに行った!?」




 ギリギリと力を強めれば、息苦しそうに男が呻いた。




「お、おい!」


「そいつはどんな奴だった!?」


「おい放してやれ!」




 もう一人が襟首の手を引き剥がそうとして、ようやく我に帰ったセスは「すまない」と謝り手を下ろした。


 だが憮然として襟を直す男に、そのまま頭を下げる。




「俺の捜してる男かと思ったんだ。その、無礼なことをしてしまった後で図々しいのだが…………すまないが話を聞かせてもらえないだろうか?」




 食い下がるセスに、面食らった二人が顔を見合せる。




「なんか訳ありみたいだな」


「酒おごるからさ、な?」




 二人は、セスの防具と腰に帯びた剣を見て剣士だと察すると、それほど渋ることもなく話してくれた。




「…………あんたと同じで、その男は剣士だったらしい」




「逃げた商人から聞いた話だから」と前置きしてセスが聞いた話は、こうだ。




 剣を抜いた男に、商人たちは最初追い剥ぎかと思った。だが剣を地に向けて、男が何事かを言葉にすれば、魔物がいきなり現れた。


 頭が獅子で、虎の体に白い翼を生やし、尾は蛇のキマイラが二体、地面から湧いて出たように見えたという。牙を向いたキマイラは、訓練されているかのように商人たちだけに向かって来たという。


 仲間が襲われている隙に逃げた商人は、男が峠から惨状を観察するようにしていたと語った。




「魔物を造り出したのか?」


「造る?さあ、そこまでは………だが剣を」


「そう剣、魔物を造り出す魔剣。そいつを所持する黒髪の男……」




 一人呟いたセスのライトブラウンの瞳が爛々と光り、手は腰に帯びたフレニムの鞘を握る。




「……………やっと見つけた!」




 昨日の朝の出来事なら、今から追いかければ追いつけるかもしれない。


 地図を調べて、幸い峠の先が崖に挟まれた一本道が続いているのを確認するや、店を飛び出した。




「おい!あんたまさか行くのか?!」




 後ろからの声は、もはやセスには届かない。


 いつの間にか雨が降りだしていて、防水コートを着ると馬屋で馬を借りて、峠へと急いだ。




 何年も捜していた仇に、ようやく追いつける!




 頭に血が上って高揚し、心臓が早鐘を打っていた。逃してなるかと前ばかりを見ていた。




 雨は激しくなり、フードは意味をなさずに雨粒がシャワーのように顔面を濡らした。ザアザアと騒がしい雨音とは裏腹に、屋内に避難した人々で通りはガラガラで、セスは馬のスピードを早めた。


 だから気づかなかった。




 フレニムが真っ赤な魔力を纏い、悲鳴のような音を立てていた。


 彼と同じように、いやそれ以上に怒りと興奮でおかしくなっていたことに。




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