第23話罪深き者2

 彼女の声に応えるように、表面を糸状の光が流れたのが見えたと同時に、扉は音もなく上下左右に4分割されて開いた。




 かなり奥行きのある広い部屋には窓はないが、魔法石が柱に幾つも取り付けられて明かりを灯しているので暗いことはない。


 天井からは魔方陣の図式が書かれた紙が吊り下げられ、巨大な魔方陣のフィールド内では、試作魔法が数名の研究員の手により発動している。所々にある机には書物とレポートや文房具類、床には杖や水晶などの魔法道具が置いてあった。




「フレニア様!」




 試作魔法を見守っていた男が、彼女に駆け寄って来た。




「こんにちは、カザルフィス」




 フレニアが笑いかけると、名を呼ばれた男は顔を赤くして直ぐに目を逸らす。




 皇家の縁戚関係にあるカザルフィスは、銀色の髪に漆黒の瞳をして少々気弱そうな線の細い男だった。フレニアとは同い年のはずだが、背は女性の標準の背丈である彼女とあまり変わらないぐらいで、少年に見間違われることが頻繁だった。


 だが彼はこう見えて、このベガラナで最も優れた魔法使いなのだ。


 ベガラナの者で魔法が使えない者は赤ん坊以外殆どいない。初等教育で魔法を習うのは義務付けられているし、魔力が高く才能ある者は、国が彼らを魔法使いとして庇護し高度で貴重な魔法教育を施す。ただし、魔法の知識技術を国外に持ち出した者は、如何なる理由があろうとも厳罰に処される。




 カザルフィスが着用している豪奢な金糸と銀糸に彩られた黒のローブは最上位の魔法使いの証。


 だが彼は魔法を行使することよりも、新しい魔法を研究することに興味が強く、研究室に籠りがちだった。




「今日も見学してもいいかしら?」


「は、はい」




 わたわたと椅子を用意してくれる彼にお礼を告げて試作魔法の様子を見守る。




「これは?」


「物質から生命体を造る魔法を実験中です。試した結果、人工物ではなく自然物からなら可能かと。特に土は成功しやすいことが分かりました」


「あ、以前あなたが開発した人間が物質に変化する魔法の逆のことね?」


「まあ大体そうです。ですがそれも人間が変化できるのは今のところ剣だけですし、解除条件の簡略化にも更に改良の余地はあります」




 兄であるヘゼルスタは剣術馬鹿ではあるが、目眩ましの魔法と共に、この魔法にだけは興味を示し実践に取り組んでいた。ただ人間を剣に変える魔法も、まだ課題はあり、魔力量の低いヘゼルスタには負荷が掛かりすぎる魔法だった。


 だが、この優秀な魔法使いなら、いずれそうした小さな欠点も難なく取り去るのだろうと思えた。




「大したものね」




 感嘆の吐息を漏らすフレニアに、カザルフィスの顔に喜色が浮かぶ。




「ご覧下さい」




 彼が試作の魔方陣へと、魔力増強の杖を掲げて仕上げの詠唱を唱えると、そこから金色の翼の生えた猫のような生物が現れた。




「可愛い!」




 手のひらサイズの猫がパタパタと低く飛び回る。


 ついで、青い毛色の小猿に緑色の毛の兎が現れて、人懐こくフレニアや周りの魔法使いに寄ってきて愛想を振り撒く。




「魔法で生まれた生物ですから、仮に『魔物』とでも呼びましょうか」




 カザルフィスが言い、足元にすり寄る猫らしきものを撫でているフレニアを横からそっと窺う。




「……………フレニア様、また求婚を一つ断られたとか?」


「あら、もう耳に入っているの?」


「結婚、しないのですか?」


「結婚はしたいわよ。でも好きでもない人とはしないわ」




 俯いて魔物を愛でているフレニアを見つめ、カザルフィスは苦しげに眉を寄せた。




「カザルフィス様、魔方陣に修正箇所が」


「後にして」




 魔方陣を維持していた魔法使いの言葉に、そう返して、彼はフレニアの傍に膝をついて、その腕を優しく握った。




「カザルフィス?」


「あなたは誰だったらいいんですか?」


「え?」


「あなたを本当に好きな者なら、受け入れてくれるのですか?それなら僕は?ずっとずっと想っていたんです。これまで僕が魔法を研究して磨いてきたのは、あなたに振り向いてもらおうと思ったから、だから………」




 驚いているフレニアに、真っ赤な顔をしたカザルフィスが緊張で震えながら言い募る。




「僕は、あなたが本当にす」


「うわあ!逃げろ!!」




 ただならぬ叫びに、二人が魔方陣へと目を向けた時には、魔方陣の一部にひび割れができて、そこから赤黒い光が迸るところだった。


 先に気付いた者達が逃げかけて、フレニアが椅子から立ち上がる前に、魔方陣は突如破裂した。


 直後、魔物達は消えて、風が吹き荒れて色んな物を飛ばしていった。赤黒い光が辺りを照らしつけ眩しくて彼女は目を開けていられない。




「きゃっ」




 悲鳴を上げる前に、フレニアの体を黒のローブが包んだ。




「うぐっ、あああ」




 強く彼女を抱き込んだカザルフィスが、くぐもった呻きを漏らした。


 破裂した魔方陣の欠片たちを全て自らの背中で受け止めて、彼はフレニアにもたれ掛かるようにして意識を失った。




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