第22話罪深き者

「父上、お断りさせて下さい」


「またか、フレニア。そなたが気に入る者はいないのか?これでは一生独り身だぞ」


「結構です。その時は聖職者にでもなりましょう」




 新芽色のドレスを着たフレニアは、玉座で頭を抱える父王に縁談をまた一つ断ったところだ。




 王女である為、政略結婚の話であれば断ることもできないだろうが、彼女は王の10番目の娘であり他国には姉が何人も既に嫁入りしている。


 そしてベガラナ国は魔法開発が進んだ国だ。他国を凌ぐ国力を持っている為、無理にこれ以上繋がりを強固にする必要はない。




「そなたの好きにしなさいとは言ったが、そなたももう20。選り好みなどして行き遅れたらどうするのだ」




 十代の内に結婚するのが一般的なベガラナで、フレニアは確かに遅い。だが彼女の美しさは花開いたばかりで、これからが盛りのようだった。


 父王は、だからこそ良い相手と結ばれて欲しいと思う。誰にも愛でられず散りゆく花にするには惜しいからだ。




「私は自分が本当に好いた相手としか結婚しませんから」




 はっきりと言い、フレニアは項垂れる王の前を辞した。




「結婚結婚って、なぜ女は結婚することが幸せだと思うのかしら?」


「まあ姫様、おかしなことを仰いますこと。それが女の幸せというもの。何よりお美しい姫様なら、きっと誰もが可愛がって下さるでしょうに」


「メリノ、今日はもういいわ。お下がり」




 乳母として仕えるメリノが、後ろを付き従い口添えするのを聞き流して下がらせる。




 皆は分かっていない。国内外から求婚する者が絶えないのは、ただフレニアの容姿と王女という身分に惹かれてのことだ。中には一度も顔を合わせたこともないくせに愛を嘘吹く男も多くいる。


 彼女は、自分自身をちゃんと好きでいてくれる人と結ばれたいと思っている。勿論、自分も相手が好きでないといけない。




「どうして皆分かってくれないのかしら?私はただ」


「ただ、何だ?」




 自分の周りには誰もいないと思っていたら、急に隣から声が降ってきて彼女は溜息をついた。




「また兄上ね?」


「フレニアは、また父上を泣かせたのかな?」




 目眩ましの魔法を解除して隣に立った兄が、からかう口調で彼女に顔を向けた。




「おまえは理想が高すぎるんじゃないか?縁談には、かなりいい話もたくさんあっただろうに勿体無い」


「私は、私を本当に好きな人としか結婚しません。いい条件の縁談かどうかなんて関係ないのです」




「やれやれ」




 兄妹の中でもフレニアのすぐ上の兄であるヘゼルスタは、肩を竦めると、妹の頭を撫でた。




「結婚なんて好きにしていいさ。何はともあれ、俺はいつでもフレニアの味方だ。お前の意志を尊重するさ」


「ありがとう。兄上の結婚の方が先ですからね。お祝いは何がよろしいかしら?」


「俺の話はいい」




 隣国の姫と婚約中のヘゼルスタは、後ろで束ねた漆黒の髪に、理知的な光を浮かべた同色の瞳をしていた。その色は父親譲りだが、フレニアは母の色を受け継いでいた。




 咳払いで誤魔化したヘゼルスタは、フレニアが歩いている先を見て問うた。




「フレニア、また研究室の見学か?」


「ええ、そうよ」


「物好きだな、お前」


「だって毎回行く度に新しい魔法の開発が進んでいるのよ。私はそれほど上手く使えないけど、それがどんなに凄いかは分かるのよ。特にあの人の使う魔法の凄いこと………あら、兄上どちらに?」




 別の方向へと行くヘゼルスタは、ひらひらと妹に手を振った。




「俺は剣術の稽古」


「剣術なんて古いわよ」


「お前と同じ。自分のやりたいようにしたいのさ」


「もう………」




 くすりと笑い兄を見送ると、分厚い扉の前まで来たフレニアは、逸る気持ちを抑えてノックをした。




「ねえ開けて、カザルフィス」


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