第21話100年振りの人3

「自由に剣に姿を変えられるんだな。それは魔法なのか?」




 宿の一室、鏡台の前に座るフレニアに、セスは鏡越しに訊ねた。




「魔法だけれど……………これは一種の呪いのようなものよ」


「呪い?」


「そう、一度受ければ自分では人間に戻れない。食べることも話すことも死ぬこともできない。ただ人の手に渡り、魔物を切り刻む繰り返し、或いは埃を被って置物のままっていうこともあるわね」




 豊かな銀髪を櫛梳りながら、彼女は遠い目をする。




「だが、君は人間に」


「ええ、この魔法を受ける直前、咄嗟に解術条件を組み込んだの。その条件が満たされたから、人間の姿を取れるようになったの」




 魔法の知識の失われた今、セスは彼女の話についていけない。額を押さえながら、頭の中で話を整理させる。




「条件とは、どういうことだ?魔法を受けたということは、誰かに剣にさせられたというのか?」


「条件は、私が…………」




 言いかけて不自然に口をつぐむフレニアの赤くなった耳を見ながら、セスは知らないふりをしてやった。




「……………人を物質に変えるなんて、いくら魔法とはいえそんなことができるなんてな」


「…………そうね。自らの魂と命を引き換えにしなければ、こんなことできないぐらい難しい魔法よ。でも兄上は、それを実行したわ」


「兄?」




 コトリ、と櫛を鏡台に置き、フレニアは鏡を睨むように見る。遠浅の海色の瞳が揺れて潤いが滴になる前に、彼女は鋏を手にすると何の迷いもなく自分の銀髪に宛がった。




 腰下まであった髪が、光の軌跡を描きながら床に広がっていくのを、セスは声もなく見ていたが、我に帰ると彼女の腕を掴んでいた。




「何で切るんだ?!勿体無い!」




 半分が肩に掛からない長さになっているから、もう手遅れだと分かっていたが止めずにはいられなかった。




「いいのよ。100年前の私の国では、男女ともに長い髪は魔力を溜め込むものだと尊ばれたものだけど、時代が違うでしょう?それに私は、魔剣になる魔法を受けてから、もう人間の姿では魔法を使えないの」


「フレニア」




 セスが残念そうな声で初めて名を呼ぶと、フレニアは照れて頬を赤くした。




「ねえ、後ろ揃えてくれる?私、一度短い髪にしてみたかったのよ」




 掴んだ手を緩めたセスに、彼女は鋏を渡した。




「あとで文句言うなよ」




 念を押してから、少々緊張気味に鋏を入れるセスをフレニアは鏡で見ている。




「…………この前、セスは私の絵を見たでしょう?」


「ああ」




 唐突に世間話をする気軽さで彼女が話す。




「あの絵のタイトルの『血塗れの淑女』の意味を、あなたは薄々分かっているでしょう?私は国を滅ぼす原因になった女だから、そう呼ばれている」


「そんな馬鹿な」


「求婚してきた全ての男達の申し出を断り、誰にも靡かず貞淑に生きたから『淑女』、そして国を滅ぼしたから『血塗れ』、あまり良い意味じゃないわね」




 最後に切った銀髪の一房を指に絡めて、セスは軽く握る。




「君のせいじゃないだろう?」


「兄も、そう言ってくれたわ。でも私を守って最期を迎えた時、私に授けたのは呪いだった」




 鏡の中の自分の瞳を真っ直ぐに見返すフレニアに、セスは自分と同類だと思った。




「兄はね、私に死ぬなと言ったわ。滅んだ国と人々と自分の無念を晴らせと。自らの身を刃に、いつか仇を斬れと。何年かかろうが必ず………あ?」




 フレニアの短くなった髪を、やや雑に撫でると、彼女が驚いてセスを見上げた。




「さっぱりしたな」


「ど、どうかな?変じゃない?」


「いや、よく似合ってるんじゃないか?」




 ふんわりと軽く弾む髪を弄るフレニアは嬉しそうだ。髪が短くなったからか話を聞いたからか、彼女に大人びた雰囲気を急に感じた。




「可愛い?」


「…………さあ、どうかな」

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