第50話停滞する生からの脱却2

 また陽が昇り、魔物からの破壊を免れた家々が薄闇から浮かび上がり始めた頃、セスとフレニアはベガラナティエの門にいた。


 人目を避けて早くに出立しようと思ったのだ。




 フレニアは立ち止まり、しばらく街を眺めていた。セスは急かすことはせずに待っていた。




 ネリ親子には出立することを伝えたが、名残惜しげに見送ってくれた。できることはないかとも聞かれたが、二人は断ると「また来ます」とだけ告げたのだ。




 乾いた風を孕んで踊る銀髪を押さえ、街から背を向けた彼女は門へと歩く。その隣をセスは歩いた。




「また来たらいい」


「うん。セス………………連れてきてくれて、ありがとう」




 そっと微笑むフレニアを目にして、セスも口元に笑みを作った。


 北を目指して歩くが、目的地は分からない。だが確かにカザルフィスは北を指した。




「本当に待っていると思うか?」




 馬に乗る気にはなれなかったのは、歩きたかったからだ。どんな結果にせよ、この仇を探す旅は終わりだと二人は信じている。そう思えば、歩を進め他愛なく会話をする時間さえ大切に感じる。




「ええ、あの人も本当は終わりたいのだと思うから」


「追い掛けても逃げ回っていたように思えたけどな」


「………………それも彼の意思かもしれない。終わりたいけど終わりたくない。でも今回は私達………いえ私が終わろうって告げたから、多分待っていると思う」




 カザルフィスに対する想いは、セスよりもフレニアの方が複雑なのだろう。言葉の節々に憎しみだけじゃない感情が見え隠れしていて、そこに100年分の時間の遠さが境界のようにあるようだった。




「魔物に心なんか乗っ取られているはずだろう?自分の意思があるとは思えない」




 どこまでも砂の道なき道が続く。辺りには、まだ若い椰子の木が点在していて、低い草花が少しだけ砂を隠す。きっと根の強い種類なのだろう。




「私、人間だったあの人が最後に泣いているのを見たわ。もしかしたら魔剣になったのだって……………」




 言い掛けてフレニアは思い返したように首を振った。




「そんなこと今更ね。彼は国を滅ぼし、民や父や兄達やエレノア、たくさんの人を殺した仇。私が終わらせる相手……………」


「フレニア?」




 脚を止めたフレニアは辺りを見回して「ああ、そうなのね」と呟いた。




「あの人が、どこにいるか分かった。草木が生えて気が付かなかったけれど、この先に私が魔剣になった場所があるわ」


「分かるのか?」


「兄上や私自身が魔法を使った痕跡が僅かに残っている。私が魔力を糧にする魔剣だから分かるわ」


「……………………」




 セスは彼女の手を握ると、手を繋いだまま再び歩き出した。木々が他よりも密集している所があり、片手で下がって視界を塞ぐ大きな葉を上げながら進んだ。




「フレニア。これは独り言だと思って欲しいんだが、俺を使い手に選んでくれて感謝しているよ」


「………………セス、私と一緒に戦ってくれてありがとう」




 フレニアがセスの腕に額を擦り付けながら応え、直ぐに離れた。




 密集した草木を抜けた所は、緑に隠されていたように何もない平坦な砂地があった。


 そこには確かに黒の剣士が、じっと佇んで二人を待っていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る