第5話機嫌を取る魔剣士
木々の影、草の茂みの奥に隠された洞窟が盗賊の居住スペースなんてありきたりだが、セスはその中に設えた小さな檻に捕らえられていた。
「何がいけなかったんだ?」
身ぐるみ剥がされた彼は、上半身裸で下の衣は善意でそのままだが裸足だった。懐に忍ばせていた紙幣は残らず奪われてしまっていた。
おそらく宿の部屋も荒らされて、置いてきた荷物や金品も盗られていることだろう。
何より自分が丸腰だというのが心地が悪い。無意識に手で愛剣に触れようとして、何度か宙を空振ったりした。
フレニムが、なぜ反応を返さないのか。
セスは後ろ手に縛られたまま、胡座をかいて剥き出しの洞窟の壁に身を預けて物思いに耽っていた。
数週間の付き合いだが、フレニムが只の魔剣ではないのはセスにも薄々分かっていた。
声を掛けたり撫でたりすれば、震えたり魔力を漂わせたりと、ちゃんと応えてくれる。それに普段は自分が所持した時だけに本当の力を発揮する。意思があるとしか考えられない。
そうだとすれば、機嫌を損ねるようなことを自分がしたのだろう。
「今まで俺にちゃんと応えてくれてたから、無視されるとは思わなかったなあ」
意外に気難しいのかもしれない。『レディ・フレニム』の通り、セスは『女性的な剣』として認識していたが、所詮は剣で無機物だと思っていたことも事実だ。
「随分とリラックスしてるじゃねえか」
セスが目だけを動かすと、鉄柵の向こうに盗賊の頭と娘が立っていた。娘の手にある愛剣を見て、セスは身を乗り出して柵を掴んだ。
「…………フレニム」
「おまえ、この剣をどこで手に入れた?」
頭が座り込んで、いきなりセスのダークブラウンの前髪を掴んで引き寄せ柵に押し付ける。
「やめろ、禿げる」
「髪の心配より、命の心配をした方がいいぞ。この剣を、どうして一介の剣士が持っている?正直に答えないとどうなるか分かっているだろうな」
「な、に?」
目をパチパチするセスに、娘が彼の前にフレニムを見せつける。
「売り物になるか心配で、ちょいと調べてみたのさ。このなまくら刀、フレニムって言うんだろ?」
「レディ・フレニムだ………あ、分かったぞ!もしかしてフレニム、焼きもち妬いたのか?」
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〈な、何いってんの?!うぬぼれないでよね。だいたい会って一ヵ月も経っていないのに、そんなはずないでしょ!〉
「俺が女の子と話して、ほいほいと付いてきたから拗ねて………いや、まさかな。それだと俺に好意を持ってることになって…………んなわけないか…………はは」
自分で言って打ち消すセス。
「な、何?まさか剣と会話してるの?」
「こいつ、おかしいんじゃないのか?」
盗賊親子に気味悪そうな目で見られているのに、彼は気付いていないようだ。
そして、ハッと違うことに気付いた。
「そうか…………人は斬れないのか」
〈はあ?〉
セスが、慈しむように私を見つめる。
「フレニム、おまえは何て心の優しいやつなんだ。そうか嫌なんだな、人間を傷つけると辛いんだな。すまなかったな、苦しい思いをさせてしまって」
〈………………え〉
盗賊の頭が正気に戻そうと、ぐいぐいとセスの髪を引っ張ると、彼は不安げに呻いた。
「おい、話を聞け!戻ってこい!」
「はげるはげるからっ、わかったわかった」
パッと前髪が解放されて、セスはバランスを取れずに顔から地面に突っ伏した。
「ちゃんと聞きな!この剣が伝説級のお宝だと知っていたのかって聞いてんのよ!」
「フレニム、可哀想に…………へ?」
「絶滅した魔法使いの内の一人が、昔自分の魔力と引き換えに造り上げたと言われる魔剣『レディ・フレニム』。これがそうなのかと聞いているんだよ?」
うつ伏せのまま、器用にきょとんと首を傾げるセスに、リラが苛立ってきた。
「言い伝えでは普通の魔剣よりもずっと気難しく、自ら使い手を選ぶが魔力の相性が合う者が現れず、所有者を何度も変えたり盗まれたりして行方が分からなくなっていたとか。でもその魔剣としての能力は他の物よりも高く、最強の魔剣だと言われているらしいのさ」
「ええ?まじか?!」
セスが初めて知ったと驚いている。
〈え、そうなの?私、最強だったの?ふうん…………うふふ、伝説級なの、へえ………………ふふふ〉
悪い気はしないわね。
ただ一万リビで売り渡した骨董屋、許さないわよ。女の価値も分からないなんて、残念だわ。
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