第35話魔剣盗難2
宿屋の一室にフレニアは一人でいた。ベッドにうつ伏せに寝転がり、脚をパタパタさせて本を読んでいた。
だが数分後には本を放り出して、ベッドの上をゴロゴロ転がった。
「なによ、大事な魔剣を一人にさせて」
少しばかり腹立たしいのは、自分に留守をさせてセスがジャンと近くにある入浴施設に連れ立って行ってしまったからだ。
フレニムが人間の女だと知ってから、セスはトイレや風呂などの時は部屋に置くようにしている。彼の脱衣するのを見せられて人知れず悲鳴を上げていたフレニアに、ようやく平穏(?)な日々が訪れたのだ。
それなのに、喉の奥に鉛を詰めたような不快感がフレニアを落ち着かせなくしている。
「本当に馬鹿」
セスが必要なのは、自分が魔剣カザルフィムに対抗できる武器だからと分かっていただろうに、何を期待していたというのか。
こんな縁起の悪い女をセスが良く思うわけないだろうに。
剣と使い手。
その関係を崩してはいけない。身に染みて分かっているはずだ。
魔剣フレニムの最初の使い手となったエレノア。フレニアは、彼女の最期の姿を忘れることはない。
娼婦の娘として生まれたエレノアが、フレニムと出会ったのが14の歳。既に娼婦として『春』を売っていた彼女に、武器商人の客が代金代わりに置いていった玩具がフレニムだった。
何も斬れない玩具は、エレノアが握ればどんなものも斬れた。
フレニムに導かれるように、娼館を飛び出し魔剣士として旅を始めるようになった彼女は喜んでいた。
自由に生きることに瞳を輝かせ、知らない土地の広さに感嘆の声を上げた。身を売っていたとは思えないほどにスレてなく真っ直ぐで、何もかもが新鮮で楽しいといつも笑っていた。
母からの虐待で額に大きな傷痕を持つ醜く何の取り柄もなかった自分が、フレニムのおかげで一人で生きることができる。凄く感謝していると話していた。
そして20の歳。魔剣カザルフィムとの戦いに破れて死んだ。四肢を切り刻まれて最期は魔物に喰われた。
喰われる寸前、残っていた片腕で深い谷へとフレニムを投げたエレノアは、満足げに笑っていた。
暗い水底で声にならない慟哭に身を浸した数年間は、ただただ悲しくて記憶が曖昧だ。
もうあんな痛みは二度と味わいたくない。
エレノアを親友のように好きだった。彼女が笑うと安心した。だから失った時は辛かった。自分が彼女を選んだことが、彼女を殺したのだと思った。
仇を討つことも忘れかけ、いつの間にかエレノアと過ごせたらいいと甘い考えを持って彼女を死なせた。
だから次に使い手を選ぶ時は、心を添わせてはいけない。剣として、人の心を押し殺していようと決めた。
それなのに……………
「……………早く帰って来て」
時に取り残されて100年魔剣だったフレニアは、剣でいる限り例えようもなく孤独だった。エレノアの死、川から拾ってくれた少年や骨董商や飾り物として自分を買った老人。皆老いて、病気や事故で死んでいった。
セスも、いつか死ぬ。それが怖い。自分を置いて死んでいくのが孤独で怖くてたまらない。
距離を開けて、心を死なせなければならなかったのに、セスに心を許してしまった。
彼がいないと不安だった。また一人になったのかと思ってしまうのが嫌で、セスが近くにいると安心した。
「セス」
道具だと言った彼は正しいし、そうであって欲しい。人として、女として見てもらうなんて、いつか死なせてしまうかもしれない魔剣なのに厚かましい。
分かっているのに、そうでなくてはまた自分が辛い想いをするだけなのに、どうして私は…………
「セス」
身を丸めて座っていたら、ガチャガチャと扉の外から鍵を開ける音がした。
帰って来た!
パッと立ち上がり、ベッドを飛び降りると扉へ走った。
「遅いじゃない!セス………」
後ろ手に扉を閉め、フレニアを見て目を細めたのはジャンだった。
「これはこれは…………魔剣フレニム?」
「知って…………?」
「実は、俺もあの船に乗っていたからな」
嫌な予感に後退りかけたフレニアの腹に、ジャンが拳を振るった。
「あ、うっ」
「わりい」
彼女を昏倒させると肩に担ぎ上げ、ジャンはまた部屋を出ていった。
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