第34話魔剣盗難
落ち込んでる、あれは絶対に空元気だ。
セスは向かい側でアイスを食べているフレニアを見て思った。
「セス、これ蜂蜜入ってる」
「そうか、良かったな」
「100年ほど人間らしい食事摂らなかったから、なんだかとてもありがたみを感じるわ」
「おかわりしてもいいんだぞ」
こういう時、どうしたらいいのだろう?
ルツとはヒュッヘンの港で別れた。あの少年は、魔剣を葬る為だけに一人船に乗っていたのだ。今頃は故郷に帰っているだろう。
しかしあの魔剣も、フレニアを嫌いなんてわざわざ言わなくてもいいだろうに。
「あのさ、あのルツの魔剣だった女のことだが……………」
「エヴァ、よ」
「え?」
話題にすると予想していたのか、フレニアはセスに目を向けて用意していたように言った。
「顔を見て思い出したの。魔法使いだったエヴァ。話はしたことはないけれど、研究室でよく見かけたわ。名を名乗らなかったのは、なぜか分からない」
「……………人間だった頃の自分を忘れたかったのかもな。あんなふうに国がなっちまったんだ。嫌な思い出だろうから」
だが人間になったエヴァは、最期にカザルフィスの名を呼んだ。死の間際に人の名を呼ぶ時、それは自分にとって最も心を占める者であるとセスは知っている。
そう考えると合点がいく。
エヴァは、カザルフィスが好きだった。だからカザルフィスが想いを寄せていたフレニアを嫌いなのだ。
フレニアは可哀想な姫だ。ただ自分に正直に生きていただけなのに、国を滅ぼした原因とまで貶められた挙げ句に嫌われて。
セスが何も知らずにいて魔剣フレニムにも出会わなかったなら、彼女のことをどう思っていたかは分からない。だが彼女の口から本当の話を聞き、近くで見て共にいたら、フレニアには同情と憐憫しか湧かない。そう、同情だ。
「セスは………………どういう気持ちで私といてくれるの?」
「え?」
「私を可哀想だと思ってるの?」
ドキリ、とした。自分の考えていることを読まれたのかと思ったが、人間の姿の彼女では魔法を使えないのは以前聞いている。
「違う」
「『血塗れの淑女』だものね。悪者扱いされてる私を憐れんでいる?」
「…………………フレニア」
揶揄するように問われて腹立たしいのは、気の利いたことが1つも言えないからだ。
「憐れみじゃない。俺には君が必要だから一緒にいるんだ」
「セス」
目を見開くフレニアに、セスはキリッとカッコ良く伝えたつもりだった。
「君は必要な道・具・だ」
「…………………」
ああ、間違えた!
内心頭を抱えて悶えるセスに、フレニアの自嘲を含んだ声がかかる。
「そう、よね。私は魔剣だもの。セスの仇討ちには必要な道具よね。人間の方の私には何の関心もあるわけないよね」
食べかけのアイスをそのままに、フレニアがスプーンを置いた。
100年の時を渡ってきたとは思えないほどに、フレニアは純粋だ。特に自分の容姿に疎い。
彼女がもう少し器用で自分をよく分かっていたなら、自らの美貌を武器にできたのだろうが、そんな芸当思いもしないのだろう。
本当に、中身は普通の女なのだ。
セスはそんなフレニアを嫌いではない。魔剣でも人の姿でもどちらでも、好感を持っているし信用できると思っている。
だが上手く伝えられない。そのままのフレニアでいいと気持ちを伝えて、変に誤解されたくない。
魔剣の時は結構ストレートに気持ちを伝えられていたが、人間では肉体を持つ分難しい。そして人間の扱いは武器とは違って距離を考えねばならない。
一人考えていたら、フレニアの気配が静かなことに気付き向かい側を見ると、椅子に魔剣がひっそりと鎮座していた。
「フレニ、ム」
落ち込んでいる上に、間違って酷い言い方をしてしまった。きっと辛くなって魔剣になってしまったのだ。
謝って人に戻ってもらおうかと思ったセスだったが、店の入り口に入ってきた男を見て思い止まった。
キョロキョロと店内を見渡して、こちらを見た男が足早に歩いてきた。
素早くフレニムを腰に伴う鞘に収める。
「セス、久しぶりだな!」
「ジャンか」
数年前パーティーを組んだ仲間であるジャンが、セスの肩をバシバシと叩く。
「元気だったか?」
「ああ、おまえは本当に元気そうだな」
討伐依頼の掲示板にセスの名を見つけたのだろう。セスは町に滞在する間は情報収集と依頼を受ける為に、大通り沿いの目立って広い飲食店をよく使用する。ジャンはそれを知っていたのだ。
「ん、これはまた…………」
目敏くフレニムに目を止めたジャンが、顎に手を当てしげしげと観察してきた。
「おまえには似合わない剣だな」
「そうかよ、気安く触るな」
柄に触れる手を叩き落とすと「けちだな」と返される。
「なんか女のような剣だ」
「…………………………まあ座れよ」
剣士であるジャンは、やはり刃物が気になるらしい。的を射た言葉に、セスは肩を揺らしたものの素知らぬ顔で残っていたアイスを食べた。
ジャンは、なにやら嬉しそうにして向かい側に座った。
「見たところ、かなりの値打ちものに見えるな。おまえには勿体無いぐらいだ」
口が悪いのは治っていないようだ。ジャンに悪気はなく、冗談のつもりなのだとセスは理解している。
だがやけに胸に突き刺さった。
「……………そうだ、俺には分不相応なぐらい綺麗だよな」
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