第33話名も無き魔剣の最期6
「船の上でいいの?」
花の咲く綺麗な場所などで最期くらい迎えたらいいのにとフレニアは思ったが、ルツは「ここでいいです」と答えた。
名も無き魔剣は、彼の祖父が海岸に打ち上げられているのを拾ったという。だから最期も海に還したいのがルツの一族の希望だった。
「皆が見守ってくれるさ。淋しくなくていいじゃないか」
甲板に立つセスは、船員や客が何が始まるのかと遠巻きに見ているのを振り返ると、彼らに近付いて事情を説明した。詳しくは語らなかったが、魔剣が自らの終わりを選んだので、皆で送って欲しいと頼んだ。
よく分からないようだったが、セス達の只為らぬ様子に少しずつざわめきは治まり、皆静かに見守りだした。
「ルツ、本当にいいんだな?」
「はい。この魔剣がそうしてくれって言うなら、僕は願いを叶えてあげたい」
「わかった」
ルツが鞘を抜いた魔剣を、大判の緑布の真ん中に横たえた。
「フレニア」
手を差し出すセスへとフレニアが歩み、途中で魔剣へと変わって彼の手に収まった。
ドクン、と魔剣の鼓動が固く打っているのをセスは感じた。
魔剣という物質に変化しているとはいえ、その命を絶つことに変わりない。フレニアが平静を装っていても、辛くないはずがない。
強がってばかりだ。
彼女はセスに最初だけ菓子や服をねだったものの、それ以上には甘えたり頼ったりしない。悲しみや辛さを吐き出さない。
まるで罪を一心に受けたがっているようで、セスは事あるごとに感じて苛立ちを覚えていた。
「………………君だけじゃない。俺も痛みぐらい一緒に受けてやる」
セスは周りに聞こえないほど小さく言うと、両手で柄を握り締め、ゆっくりと振りかぶった。
皆固唾を呑んで黙りこみ、船腹に打ち付ける波の音が聴こえるほど静かだった。
紅い魔力は厳かにさえ見え、いつものフレニムの荒々しい輝きではなく穏やかだった。
澄んだ金属音が僅かに響いた。
フレニムが打ち砕いた魔剣は、縦に裂けるように割れていた。
「あ!」
それが人型になろうとするのを見て、駆け寄ったルツが緑布で巻くようにする。
茶色い癖のある髪に緑の瞳。20をいくらか越えた歳をして、やや陰気な顔をした女だった。砕かれた魔剣とは違い、その体には一見して傷はないように見えた。だがこれが彼女の最期の姿だと、皆には感じ取れた。
横たわったままセスに礼を言うと、遠慮がちに伸ばしてきたルツの手を握る。
「フレニア、さま」
「何?」
セスが手早く着せたワンピースに裸足のまま、フレニアが彼女の横に膝をついた。
彼女がフレニアに顔を近づけ唇を動かしているのを、セスは少しの距離を空けて見ていた。
何を言ったかは聞こえなかった。だが、フレニアの表情が強張り甲板に置いた手が震えたのが分かった。
「カザルフィス………さ、ま」
フレニアに向いていた顔を青空に向け、目を閉じた彼女が一筋涙を流して名を呼んだ。
潮風に、彼女の体は塵となり崩れて飛ばされていく。
細かな粒子にまでなって、太陽に反射してキラキラと光っているのを皆が見送った。
海や大気と一体になった彼女の欠片は、すぐに見えなくなってしまった。
ルツが布を手に、目蓋を片手で拭う。その横で俯いているフレニアの肩にセスは手を置いた。
「フレニア、大丈夫か?」
「………………ええ」
フレニアがセスを見上げる。
「何を言われたんだ?」
微笑みながら、フレニアが上擦った声で呟いた。
「『あなたのことが大嫌い』だって」
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