第38話その剣が赤いのは
雨が降っている朝だった。
ぼんやりと天井を見ていたセスは、先程から規則正しく聴こえる呼吸音に意を決して横を向いた。
「うっ」
破壊的だった。
こちらを向いてフレニアが眠っている。白い肩が布団から出ていて寝息と共に上下していた。
なぜなんだ?
寝る時は剣だったはずなのに、朝は人間になって隣で寝ているのは、どうしてだ?
その肩が生肩なのは、どうしてだ?
……………やっぱり裸だ。
肩まで布団を上げてやる振りをして、投げ出した腕の向こうに見えた膨らみとかを目の端に一瞬捉える。
そして自分が服を着ているのを確認して、しばし額に手を当てて記憶を探る。
「…………………ヤってない。大丈夫だ」
ホッとしたところで「いや、待てよ」と思い直す。
昨夜、この無防備にも程がある素っ裸で安眠を貪る横にいる彼女によって尋問されるかのように告白して、晴れて両思いとなったのだから少々許されるのではないだろうか。
「触るぐらいなら…………」
そろりと布団越しに肩に触れ、横腹まで辿る。
柔らかくてなだらかな曲線を描く体は、それでもセスには華奢に感じられた。
よからぬ気持ちで触れたのに、申し訳なくなってきた。
慰めるように指でゆっくりと髪を漉く。
こんなに頼りない体で、ずっと頑張ってきたことを思うと哀れだった。彼女が口にした過去の使い手のことは、同じ使い手としてセスにも僅かながらショックだったのだ。
完全とは言えないが、フレニアが人間になれるようになった解術『条件』に、セスはかなり早い段階で予想がついていた。
夢見がちなお姫様らしいそれは、『恋をすること』
受け入れる気はなかった。自分の目的の妨げになると分かっていたから、知らない振りをしていようと決めていた。
それなのにフレニアの諦めたような目を見ると、我慢できなかった。同時に自分の気持ちが増していることを自覚してしまったのだ。
ジャンはパーティーを組んでいた昔からギャンブル好きで問題のある男だったから、セスなりに警戒はしていたのだ。だから入浴施設に誘われた時は、魔剣のままの彼女を脱衣場で盗まれないように宿に残して鍵を掛けていたのだ。その鍵もフロントに預けていたのに、どうやら持ち前の器用さで道具で解錠したらしい。
いつの間にかいなくなっていたジャンに嫌な予感がして、宿に帰った時にはフレニアの姿は消えていた。誰もいない部屋を見た時、セスは怖くなった。
二度と彼女に会えなかったら、どうしようと怖かったのだ。そして互いに保っていた距離が遠すぎると、その時になって急に不安になったのだ。
フレニアは、自分に助けを求めないのを知っていたから。
だから聞き込みをして、使い手として魔剣の気配を辿り、空き家らしき建物に飛び込んだ時、驚くフレニアに伝えたいと思った。
一人じゃない、もっと俺にすがって欲しいと。身を預けてもいいのだと。
「ん、おはようセス」
碧青の瞳がセスを見て、直ぐに恥ずかしそうにフレニアは顔をシーツに隠した。
「あ、ああ……………おはよう」
目覚めたフレニアに、銀髪に触れていたのを知られてしまい、セスも恥ずかしくなってきた。
手を引っ込めようとしたら、布団の下から彼女の手が伸び捕まってしまった。
「もっと」
「え」
「もっとして」
どうやら髪を撫でて欲しいらしい。仕方なく頬にかかる髪を耳の後ろに撫で付けると、手のひらにスリスリと頬を寄せてきた。
「……………フレニア、あの」
「セスの手、気持ちいい」
これほど甘えてくるのは初めてだ。ついでに寝起きのトロンとした目も甘ったるく細められて彼を見つめていて、セスは呼吸をしばし忘れてしまった。
裸の女が身体を寄せて甘えてくるのだ。
これではまるで…………
口と鼻を片手で隠し、セスは何もない壁を見ることにした。そんな彼にはお構いなしに頬擦りするフレニアに、セスはもう一方の片手を大人しく貸し出す。
彼女は単純に甘えたいだけなのだ。甘やかしてやりたいとセスは思う。
だが、俺がフレニアに甘えるのは…………ダメだよなあ。
一人溜め息をついた。
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