第39話その剣が赤いのは2
「ジャン、大丈夫かな?」
「あんな目に遭ったのに心配か?」
「心配というよりは、後味が悪いのは嫌だから」
霧雨が降る中を、二人は郊外の森を歩いていた。今日は簡単そうな討伐依頼を受けている。特に支障が無ければ午前中に終わるだろう。
「あの後どうしたの?」
しくしく泣いていたフレニアは、セスに背負われて戻る途中に泣き疲れて眠ったと同時に魔剣になっていたのだ。
「面倒だったんで三人とも柱に括りつけて警備庁にタレコミしてやった。今頃は捕まって檻の中だろ」
「そう」
「ジャンの奴、一緒にパーティー組んでいた時は頼りがいがあったんだかなあ」
警備庁は、治安維持の為に国が要所に設置しているものだが、国によっては設置していないことも多い。そういう所は自治組織が何らかの形で運営しているものだ。まあ盗賊や強盗に出くわすあたり、まだまだ治安はイマイチなのだが。
そうでなくても魔物が増えているというのに、人間が起こす犯罪ぐらい減ればいいのだが。
「足元気を付けろよ」
大きめの倒木に脚をかけて越えたセスが、後に続くフレニアに注意を促す。
「う、うん…………きゃ」
息を切らしたフレニアが木を踏んだところで、予想通りにツルリと滑り、セスが用意していた手を素早く回し抱き止めた。
「あ、ありがとう」
そのまま脇に手を差し入れて抱き上げて着地させると、頬を赤くしてフレニアは俯いた。
軽かった。
自らの手を見ながら思い、こちらにチラチラと視線を送る彼女から顔を逸らす。
「………フレニア」
「なに?」
「なぜ剣にならないんだ?」
「だってセスと話したり、一緒に歩いたりしてる方が楽しいもの。剣だと話せないし、ぶら下がっているだけで暇なんだもの。勿論あなたにくっついているのは嫌じゃないけど」
セスを見上げ、フレニアが不安そうに聞いた。
「ダメ?」
「うっ、ダメじゃない」
憂いを帯びて切なげな表情から一転、フレニアが嬉しそうに微笑む。
薄い雨雲を割って日光が筋状に注ぎ、光が彼女から放たれているように見えた。
眩しい。神々しい。
クラクラしていたら、彼女に手を繋がれてしまった。
「セス」
「あ、ああ」
足元の危なげなフレニアを放ってはおけない。理由付けると、握り返す自分を正当化して連れ立って歩く。
フードから覗く銀糸は、水滴を受けてキラキラと輝き、瞳は光の反射によって緑や青に色を変え、その神秘的な美しさは宝石以外例えようがない。
つい見入ってしまう自分の横っ面を叩いて、軽く正気に戻す。
「どうしたの?」
「気にするな」
前を向くと、木の陰から突如標的が現れた。
「いたな」
「植物まで魔物に変えるなんて…………」
手のひらサイズのキノコが脚を生やしてピョコピョコ跳んでいる。厳めしい人面がカサの部分にあって、無表情なのが気持ちが悪い。
一体だけがいたはずなのに、こちらに向かって来たと思ったら次々と森の奥から湧くように出てきた。
「フレニア、魔剣になれ!」
「うん」
このキノコ形魔物は、毒の粉を放出する。
セスは口と鼻を布できつく巻くと、赤く光る魔剣フレニムを手に取った。
「さあ食事のじ…………」
いつも通りに柄に唇を寄せたところで、叱られたことを思い出した。
柄はダメだ!
「…………………こっちが脚だから、剣先が頭で」
そういえばなぜフレニムは赤いのだろうとセスは、ふと思った。
フレニアの体には、赤い色彩は無い。カザルフィムが禍々しい黒だったことを考えれば、これは魔剣の『性質』が反映されているのかもしれない。
「赤、か」
彼女の胸の内に秘めたる赤。
燃え立つ火のイメージが、セスには思い浮かんだ。
刀身に手を添えて目を閉じ、少し屈むようにして慎重に刃先の手前辺りに唇を付けた。
「その色、おまえによく似合ってるよ。マイ・レディー」
少しの距離で囁けば、紅の輝きが濃くなった。
今は羞恥の赤だな。
フッと笑って、フレニムを構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます