第19話100年振りの人
「……………もう朝か」
セスは淡い光を瞼に感じて目を開けた。そして、そこに見えた光景に既視感を覚えた。
女がこちらを向いて眠っている。
前もあったよな、また夢か…………
ぼうっとして見ていたら、昨日のことを思い出した。
「うわあ!夢じゃないのか!?」
飛び起きたセスはベッドを後退りながら、銀髪の娘を視界に入れて寝起きの頭を動かす。
「あ、ああ、そうだった」
あの後、なぜか恨みがましい目でセスを見て「よりにもよって……」「どうしてなの」「認めない」と一人悩んだ様子だったフレニア姫だったが、そのうち「眠ってから考える」と宣言して、再び魔剣へと変化してベッドに鎮座していたはずだ。
セスも、もう頭が追い付かないと諦めて、フレニムに一応布団を掛けてから取り敢えず眠ったのだった。
「煩いわね」
目を擦りながら身体を起こす姫に、あさっての方を向いて無言でシャツを渡す。自分は結構紳士じゃないだろうか。
彼女が魔剣だと知らなければ、これは据え膳………
「おはようセス」
「あ!?ああ、おはよう………ございます」
折り目正しく挨拶をする彼女は育ちがいいのだろう。やましい自分がうしろめたい。
「敬語はいいわ。あなたは言うなれば私の相棒だし、私はもう王女ではないから」
淋しそうに言って「でも」と付け加えて、フレニアはセスの前で腕組みをした。
「あなたは私が選んであげたの。だから私に従うこと。あなたに力を貸していることを忘れないで」
「それは相棒とは言わな……」
「分かった?」
「はい」
斬られたら嫌なので、セスは素直に返事をした。
「この前は……………ごめん」
そんな殊勝な彼を横目で見て、フレニアがボソリと言う。
「何がです………いや、何が?」
「私が暴走してしまったこと。其のために充分に戦うこともできなかった。我ながら情けないわ」
「それほど怒っていたんだろ?もういいさ。次に会った時は頼むよ」
「ええ、そうね」
悔しさを顔に出す姫に、セスは不思議な感慨を持って見つめていた。
彼女が魔剣だったという事実は、まだどこか非現実的だが、フレニア姫の人間らしい仕草は、セスをホッとさせた。
「いろいろ聞きたいことがあるんだが」
「まあそうでしょうね、でも今は朝食を摂らなければムリ」
「え?」
「お腹が空いてるのよ」
ちょっぴり恥ずかしそうにセスシャツの上からお腹を押さえるフレニアに、セスは迷った。
「今からか?分かった、魔物を……」
「この姿で魔物食べると思う?」
脳裏に、唇を血で赤く染めて魔物を食らうフレニアを思い浮かべると、かなりグロかった。
「魔剣の時は喜んで食べていたような」
「まだ言うのね。私、今人間だから」
素早い動きでセスに飛びかかったフレニアが、彼のほっぺをグイとつねった。
「いひゃい」
「私だってね、美味しいもの食べたいのよ!あなたが良く食べてるようなステーキだって傍からずっと見てて食べられなくて」
「まものの、にひゅは食べてた」
「魔剣だから、仕方ないからに決まってるでしょ!だって100年も人間の食べ物食べてないのよお!わ、私もステーキ食べたいパスタ食べたいプリンやあんみつ、ケーキにパフェだって食べてみたいのお」
グスグスと泣きが入るフレニアに、セスは横を向いて笑いを殺した。
以前見た肖像画の大人しそうな雰囲気とは違うものだ。
なんだ、こうして見たら普通の女の子だ。
「わかったよ。そうか100年振りならご馳走食べなきゃな」
「うん、デザート」
「主にスイーツだな、任せろ」
幼い少女に言って聞かせるように、セスは優しく彼女の頭を撫でた。
朝陽を浴びる銀髪がキラキラと輝いて眩しい。
「あと服も欲しい」
「そ、そうだな。それならここで待ってろ。まず食事を持ってきてから、君が食べている間に服を買ってくる」
「いや、私も行く。私が選ぶわ」
ギョッとして、シャツ一枚の肌が透けて見えそうな際どいフレニアを見る。
「だ、だがその格好は」
「食べ物はいいとして、あなたに服を選ばすと、きっとろくなことにならない」
言い置いて、フレニアが紅く光り魔剣へと変化して、コロンと転がった。
魔剣なら、確かにどこにでも連れていける。
「……………なんだかなあ」
苦く笑い、仕度を整えたセスは、フレニムを鞘に収めて腰に帯びた。
常に女性を携えているというのも妙な感じだった。
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