第53話最強の所以3
春の盛りにしては、ひんやりと空気の冷たい朝だった。
まだ少し幼さを残した顔で養父母に向かい合い、セスは軽く頭を下げた。
「今まで、ありがとうございました」
「セス」
二人は沈痛な面持ちで自分を見ていたが、娘を亡くした彼等は普段もそうした表情しか見せたことが無かったので、セスは気にすることなく出発しようとした。
今日、セスは剣士として旅立つ。
「ま、待ってセス」
養母が慌てたように彼の腕を掴むので、セスが振り向くと彼女は涙を流している。
「必ず、貴方達と俺の家族の仇は討ちますから、泣かないで下さい」
自分が黒い剣士を倒せるか、養母が不安に思うのは無理はない。セスは、そう思い彼女に声を掛けた。
「セス、私達を恨んでいないか?」
それまで黙っていた養父が口を開き、セスは思わぬ問いに首を傾げた。
「恨んでなどいません。これは俺が望んだことだし、貴方達は俺を助けてくれたじゃないですか」
それでも養父は悲しそうに「すまない」と謝るのだ。
「無理に行くことはないのよ。今更だと思うかもしれないでしょうけど、あなたが危ない目に遭うと思うと心配なの。だから行かなくてもいいのよ?ずっと私達といていいの」
養母が腕にすがって言うことに、セスは驚いた。
「大丈夫……………大丈夫ですから。心配しないで下さい」
やんわりと養母の肩に触れると腕をほどき、セスは微笑んだ。
二人が自分の身のことを心配してくれているのだと分かると、胸に温かいものが込み上げた。
利害は一致しているのだから、自分は彼等にとっての復讐の道具でいいと思っていたし、利用されているにしても身寄りのない自分を育ててくれたことはありがたいとさえ思っていた。それに彼等に拾われなくても、自分は剣士にしろ違う形にしろ、必ず黒い魔剣士を追っていただろう。
「セス、本当に行くの?」
「やめないか、そんなこと言える立場ではないだろう」
養父が養母をたしなめ、セスの肩を軽く叩いた。
「気を付けて行くのだよ、無理はするな。困ったことがあれば私達を頼りなさい」
「はい」
「セス………………私達は、待っているから」
そう告げていつまでも見送ってくれた養父母は、きっと今も自分の帰りを待っている。それは仇を討ち果たした報告ではなく、自分を待っていてくれるのだと、セスは信じることができた。
だから死んではいけない。待っているから。
「う……………?」
手のヌルッとした感触に、セスは目を開けた。身体中に血らしき液体にまみれていて、一瞬自分が流したものかと思ったが、青黒い魔物の血だった。
感覚が戻ってくると、どうやら自分は地面に手をつき座った状態だと分かった。
「喰われていない?」
確か魔物の口の中へ落ちたのではなかったか?
だが身体中に浴びた血は、そいつの血のようで自分は倒したらしい。
まだ手の中に納まっているフレニムによって。
「…………フレニム!」
セスの全身を彼女の魔力の輝きが包んでいる。急速に傷が癒えているのだと分かると、セスは素早く立ち上がりフレニムの取り零した魔物を斬った。
斬っている間もフレニムは抗議するように高い音を出していて、セスは気まずく苦笑した。
「悪かったって、もうしないから」
もうだめだと思ったら、セスはフレニムだけを逃がす気だった。最後まで一緒にいるとは言ったものの、否応なしにずっと生き続ける彼女が、自分の死後にカザルフィスの手に渡ることだけは許せなかったのだ。
こんなの、つまらない嫉妬に過ぎないのだが。
放り投げたつもりだったが、彼女は直ぐにセスの手に戻ってきて魔物の体内までお供してくれたのだろう。気絶したセスの腕と魔力を勝手に動かして、内側から斬り裂いたのだろう。
ひたすら斬っていたら、少なくなった魔物と自分との間に空間ができた。
「フレニア」
多分自分に対して怒り心頭だろう。後で彼女に刺されても、甘んじて受けようと思った。
それよりも何よりも、セスを懸命に守り離れようとしないフレニアが愛しくてならなかった。
美しい輝きが諦めの早い自分を叱咤しているようで、セスは魔剣フレニムを両手で高く掲げると、柄先にそっと唇を寄せた。
彼にしたら、爪先にキスを送る気持ちで。
言い出せなかった言葉を、今無性に告げたかった。
「フレニア、愛しているよ」
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