第55話終わりを迎えた魔剣2

 腹に刺さる魔剣が、セスの魔力を取り込もうとしている。


 傷口から内部を侵食されるような感覚は、魔剣の方がセスを操ろうともがいているからだと分かり、痛みに息を詰めながらも柄を強く握る。




「くっうう!」




 苦痛を噛み殺して、セスは自らの身体からカザルフィムを勢い良く引き抜いた。




「ぐ……………好きに、させるかよ」




 腹にジワジワと赤い染みが広がりゆき、手に魔剣を捕らえたままで彼は地に伏した。


 一つ幸いなのは、カザルフィムとセスの魔力の相性は最悪だったこと。彼の手にあっても、魔剣は魔力を操ることができずに動けないようだった。


 使い手に骸を選ぶような剣だ。意思の無い者しか操ることができないのかもしれない。


 最も自分も死にかけているのだが。




 ヘゼルスタの身体が糸が切れたように力無く倒れる。カザルフィムに動かされていただけの身体は、ようやく朽ち果てる自由を得たのだ。


 それを最後まで見届けることなく、魔剣をその場に置いたセスは砂の上を手の力だけで這った。




「フレニ、アっ」




 視界の霞む中で、彼女を探す。


 魔剣カザルフィムの破壊は無理だったが、ヘゼルスタを解放できた。最期に伝えてあげたい。


 君の100年は無駄ではなかったのだと。




 そして最期に、一目……………




「ふ…………」




 白い影が目の前で揺れ、セスの頭を支えるように抱き締めた。同時にゆっくりと、だが確実に傷が塞がっていく。




 夢を見ているのかと思った。




「セス」




 確かめようと彼女の頬に触れた手が湿る。




「……………どうしてだ?」




 セスの手に自分の手を重ねて、フレニアがポロポロと泣いている。




「兄上ったら、酷いの。魔剣の魔法の解術条件は、カザルフィムの破壊では無かったの」


「何?」




 嗚咽を抑えながら、フレニアは泣き笑いの顔を向けた。




「魔剣としての生を終えた時、私は人に戻れるようになっていたみたい。兄上は、私がカザルフィムに勝てるなんて期待していなかったのよ」




 セスは直ぐには言葉が出てこなかった。


 完全に人間となったフレニアは100年前と同じように魔法が使えるようで、話しながらも片手から放たれる淡い光によってセスの傷は軽くなっていく。


 それはつまり、今までの仮初めの姿ではないということ。彼女がセスと同じ時を生きられるということだ。




「………………解術条件が魔剣としての生を終えるということなら、それは同じ魔剣による破壊だけだ。破壊されるのは戦ったからだ。君の兄は期待していなかったわけじゃない。君を大事に思っていたから可能性の高い方に掛けたんじゃないのか」


「私が勝てないと思ってた」


「フレニア、勝ったんだ。君は結果的に人になれたわけだし、それ以上何を望むんだ?」




 起き上がり、少し意地悪く彼女の拗ねた顔を見つめる。




「違うの。こんなことを言いたいのではないの。私………まだ実感が、なくて」


「ああ、嬉しいか?」




 セスが優しく声を掛ければ、フレニアは目をギュッと瞑った。




「人になれた」


「そうだ。よかったな」


「人に…………」




 セスがその裸身を抱き締めると、フレニアは初めて声を上げて泣き出した。




「すごく、長かった」


「長かったな。だが君のお陰で仇を取れた。ありがとう」




 口にすれば、セスはようやく自分が解放されるのだと感じた。




 ふいに、ボコリと奇妙な音が二人の耳に届いた。




「……………セス」




 フレニアが見ている背後を振り返ると、既にヘゼルスタの骸は塵となって天に還っていた。そこからやや離れた場所、何も抵抗できなくなったと思われた魔剣カザルフィムが異様な変貌を遂げていた。


 刀身から、涌き出る水のように黒いものが溢れていた。液体なのか気体なのか、地に染みを作りながら周りも霧のようなものが漂い始めた。


 点在していた木々が霧に触れた途端に枯れていき、澄んでいた泉は酷く濁って魚が浮いた。




「これは………」




 警戒を露にしたフレニアがセスの腕を掴むと、二人を薄い光の膜が包む。黒い染みは膜を避けて広がり続ける。




「嫌な予感しかしない。これは何だ?」




 染みの広がりから逃れて後退りながらセスが問えば、固い表情をしたフレニアは「魔物の根元」と説明した。




「魔剣から出て来たということは、おそらくこれはカザルフィスを操っていた魔物。私達が間違えて産み出してしまった生き物よ」


「こんなもの、フレニムで斬れば……………あ」




 当たり前のように腰に手をやり、セスは愕然とした。いつもそこにあった魔剣は二度と彼の手には戻らない。




「セス」




 腕にフレニアがしがみつき、緩く首を振った。




「無理よ」




 無理とは何のことかと訊くことができず、セスは既に周りの景色が黒に染まっているのを眺めた。




「…………これからどうなる?」


「分からない。でも見る限りでは、いずれ命は全て絶えて魔物だけの世界になるのかもしれない。それに…………ごめんね。私の力では、今私達を守っている結界は長く持続させられないの。もうすぐ消えてしまう。飛翔魔法では…………ううん、空中も魔物に侵食されているし、セスを置いていけない」




 そうしてフレニアは、セスを見つめて「最後まで一緒にいるわ」と告げた。




「……………約束だからな」


「ええ、約束」


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