第29話 現代の法術士

 夕凪は俺の右手を握りながら睨みつけてきた。


「僕はあなたのやり方には反対です。あんなに目立ってどうするんですか。僕たちの仕事は邪なるものグニアの封印なのです。派手に戦う事ではありません。しかも、星子ホシコちゃんそっくりに化けてまで……何がしたかったんですか」

「何がと言われても困るんだが、自分としては必死に……」

「女装してメイド服着て法術で女体化して何がしたかったんですか。貴方、教師のくせに変態なんですか? 今流行りのLGBTですか?」

「いや、例の邪なるものグニアを排除しようと必死で……」

「そんな言い訳が通用するとでも思ってるんですか? 貴方が毎日のように理科準備室に女子生徒を呼び込んでいかがわしい事をしているのは知っています。あの三人が可哀そうだ。特に、星子ホシコちゃんが不憫でなりません!」

「アレは彼女たちが勝手に……」

「そんな言い訳は不要です。この変態教師! 貴方は懲戒免職に処してもらいますからね。絶対に!!」


 酷い剣幕で迫られる。

 いつもは物静かなハンサムボーイといった印象なのだが、こんな情熱家だとは思わなかった。しかも、どこかピントがずれている。


 ちらりと京の方を見つめると、案の定必死で笑いをこらえていた。


「ほら、そのちびっこにも笑われてますよ。少しは反省したらどうですか?」


 その一言で京の表情が変わった。


「ちびっことは誰の事だ?」


 京が春彦を睨む。

 春彦は京の事を知らされていないのか。


「貴方の事ですよ。お嬢ちゃん。三谷と知り合いなんですか? 変態との交流は避けた方がよろしいかと思います」


 再び京が春彦を睨む。


「お主は根本的な上下関係を見誤っておるぞ。私の名は機装院きそういんきょう。そしてこの三谷朱人は私の第一のしもべである」

「それはつまり……」

「貴様の流派は私を祖としておるのだ。もう少し敬え。馬鹿者」

「ははぁ!」


 突如見事な土下座を見せる春彦だった。

 

「ふむ。私は黄門様の印籠ではないぞ」

「申し訳ありません。知らなかったとはいえとんだご無礼を働きました。復活されているとはつゆ知らず……するとあの戦いも京様の御力でしょうか?」

「そういう事だ。戯れも適度なところで収めておけ」

「ははぁ~」


 額をカーペットに擦り付ける春彦だった。その潔い土下座はある意味驚嘆に値する。今どきの若者、いや、俺を含めた大人でさえああも恥じらい無く土下座はできないだろう。


 サラさんが笑いながら前に出る。


「京様ですね。復活された事、お慶び申し上げます」

「うむ」


 二人が握手を交わす。


「ところで、何か用事があったのではないのか。春彦を使って遊んでいる場合ではないだろう」

「そうですね」

「言ってみろ」

「はい」


 そう言ってタブレット端末を取り出すサラさん。その端末には地図が示されており、北部の海岸沿いのとある地点がマーキングされていた。そこをタップすると現地の画像が表示される。監視カメラの映像のようで、倉庫の周りに人だかりができているのが分かった。


「そこで何かあったのだな」

「はい。ここは廃業した海産物業者の倉庫なのですが、現在、かなりの人数が集結しているようです。およそ数百名です」

「そんなに?」


 サラさんは頷いてる。例の三人が絡んでいてこれだけの人数が集まった。何か始める事は確実だと思う。


「既に後手を踏んでます。市内は全て監視下にあるはずなのですが、やはり何か魔術のようなものを使用していると考えられます。発見され難い状態となっています」

「それで、連中は何をしようとしているのでしょうか」

「これは推測ですが、田床山で見つかったアレを起動するために何かするのではないかと考えております」


 核兵器でないと撃破できないという生体兵器カルブ・アル・アクラブ。アレを動かすために人の想念エネルギーを集めているとすれば、それは合理的な推測だと思う。そのためには人数は多い方がいい。

 先に頼爺と薫さんが向かったのは破壊の手がかりを掴むためだろう。時間があればあるいは可能なのかもしれないが、破壊する前に起動されては甚大な被害が発生する。奴が発見された場所から人口密集地迄は数キロほどしか距離がない。


「妥当な推測だ。あまり猶予はないようだな。すぐに移動しよう」

「はい京様。夕凪君。すぐに立つ。行くわよ」

「はい」


 土下座をしていた春彦が立ち上がった。

 そして四人で外へと向かう。


「京様。あの三人はここに残しますか?」

「試験疲れなのだ。放置しておけ」

「あの三人ってあの三人ですか。星子ホシコちゃんとハリーとゴジラの三人?」

「そうだが」


 春彦が足を止める。


「僕はここに居残りでもいいですか?」

「良い訳ないだろう。こっちへ来い!」


 サラさんに耳を掴まれ引きずられていく春彦だった。


 例の黒いワゴン車に乗り込む。春彦が助手席、俺と京は二列目のシートに座った。セルが回り、重々しい音を立ててディーゼルエンジンが始動する。サラさんの運転で車は走り出した。


「ところで夕凪。君はどういった魔法、いや法術が使えるんだ? 戦う事はできないのか?」


 春彦は俺の質問にむすっとしてそっぽを向く。


「夕凪はウチで使っているバイトだよ。警察で言う鑑識的な術が得意なんだ」

「ほう。サラさんの下で働いているのか」

「最初に言いましたけど、法術は戦うための道具ではありません。僕が得意なのは人の気配を探る事、それと魔物の封印です」

「気配を探るのは上手いよ。例えば、部屋にどんな人物がいたのか24時間以内なら把握できるし、特定の人物の追跡もできる」

「警察犬みたいな言い方はやめてください」

「警察犬よりは随分優秀だな。しかし、君が得意な封印ってまだ見せてもらってない」

「それは、封印が必要な相手がいないからです。普通の人を封印できるはずがない」

「犬や猫もダメだって言ったじゃないの」

「それも無理なんです。猫又とか出てくればやりますけど、そんな化け猫だって出会った事はありません」

「てな具合。一応、捜査能力は本物だから封印の方も本物であってほしいって希望的観測を元に連れてきた」

「なるほど」


 春彦はこの紹介に不満を持っているようで、あからさまにムスっとしている。しかし、殺すことができない相手であれば封印するしか対処法がないと思う。


 しばらく海辺の道を走り目的の倉庫へと向かった。途中海水浴場の傍を走る。海開き前の海水浴場だったが、既に海水浴客で賑わっていた。先日の豪雨の影響か、海岸には流木や海藻の塊など様々なゴミが積もっていた。


「ゴミだらけですね。こんな砂浜で泳ぐ気が知れない」

「今週末、清掃の予定だったかな」

「そうね。ウチの会社からも沢山ボランティアが参加する予定よ」

「僕も召喚されました」

「そうだ。召喚士ボスの命に従え」

「その日はデートする予定だったのに」

「偉そうに。お前の相手がいない事はバレバレだ」

「試験が終わってから告白する予定だったんだ。それが一日延期になって、今度も延期になりそうで」

「恥かかなくて良かったな」

「そうと決まったわけじゃない」

「くくっ」


 成程、そういう事情だったのか。恐らく相手は星子だと思うが、選んだ相手が悪いように思う。前途多難なのが目に見えている。サラさんも俺と同じ見解のようで、春彦を思いっきりからかっているようだった。


 程なく例の倉庫前に到着した。


 そこに集まっていたのは制服の生徒だけでなく、水着姿の海水浴客や観光客、近所の人々など顔ぶれは多彩だった。総勢数百名が何やら大声で叫んでいた。

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