第26話 光と闇
「あれ、徳永君だよね。体がすごい大きくなってるね」
「特に股間がぁ!!」
「余計なこと言うなよ。馬鹿
確かに股間の物はそそり立っており、それは女性にとって大層な凶器であろう。しかし、両腕や顔面にはおびただしいまでの血が付着している。彼が倉庫内での惨状を作り出した元凶なのは間違いがない。
まるでゾンビのようにのそりのそりと歩いてくる徳永。彼に対してサラさんは戦う意思を見せた。
「素手でやっちゃいますか」
ぼそりと呟き半身に構える。その構えには見覚えがあった。あの戦闘用アンドロイドのデュークとプリンスにそっくりだったのだ。紀子先輩が作った格闘戦プログラムはサラさんがモデルになっている。とすると、彼女は相当できる人なのだ。
素早い踏み込みからローキックを繰り出すサラさん。徳永の脚は根を張ったようにびくともしない。サラさんはふわりとジャンプして顔面に回し蹴りを叩きこむ。それでも怯まない徳永は両腕を前に突き出しサラさんを掴もうとする。しかし、動作は緩慢で機敏なサラさんを捕まえることはできない。サラさんは徳永の右腕を掴み一本背負いで投げ飛ばした。
受け身を取らない徳永は頭部と右肩から地面に叩きつけられた。ゴキリと骨が折れる嫌な音が聞こえた。
「あら。怪我させちゃったかな?」
軽口を叩きつつも構えを解かないサラさんだった。相当な衝撃があったであろう徳永だが、何事もなかったかのように立ち上がる。しかし、右肩は脱臼していてぶらりと垂れ下がり、首は根元から前方へと折れ曲がっていた。
徳永は左腕で右腕を掴み肩関節を元に戻す。そして両腕で頭を掴み、正面へと向けた。
「もう終わりか。まとめて犯してやる」
まだ生きているのか。それとも、本当にゾンビ化していたのか。不穏なセリフを吐きサラさんに近づいていく。問題児三人組と同じクラスの男子はその顔に下卑た笑みを張り付けていた。
「これは厄介ね。三谷先生、お手伝いして下さるかしら」
「分かりました」
(いくぞ)
(はい)
京の掛け声と共に俺の体は光に包まれる。そして、星子そっくりの体形をした魔法少女へと姿を変えた。黒いメイド服を着た例のアレである。
倉庫の中からはもう一人男子がよろよろと歩いて出てきた。彼は腹が裂けており、そこから内臓が飛び出していた。はらわたを引きずりながらもにやにや笑っているシュールな姿に戦慄を覚える。
(まるでゾンビですね)
(そうだな)
(操られているのでしょうか)
(奴らと契約を交わしたんだ。生命エネルギーの大部分を吸い取られ死亡したのだろう。それでも数日は活動するんだ。生命エネルギーを求めてな)
(ゾンビ……いや、吸血鬼みたいになるんですね)
(そういう事だ。火葬してやれ。それが情けだ)
俺は右手に携えた法術杖を振る。杖の先からは紫色の雷が迸り、それは裸の男子生徒二名を押し包む。そしてそのまま二人を宙に浮かせ、倉庫の中へと突っ込んだ。
(遠慮はいらんぞ。焼き尽くせ)
(はい)
中にいる生徒達は既に死亡している。
だから彼らを助ける為にやるんだ。
自分にそう言い聞かせた。
左腕を前方に突き出し、
眩しい光球は倉庫の中へと吸い込まれ、そして弾けた。
倉庫は瞬間的に炎に包まれ、燃え上がる。
俺の姿は元へと戻り、職員室からは同僚が集まって来た。
火事の様子を撮影するもの、携帯で消防に連絡しているもの、初期段階ではないにもかかわらず消火器を持ち出し消火しようとするもの、様々だった。しかし火勢が強く、手持ちの消火器の有効範囲には近づけない。
激しい炎が噴き出す火災であったにもかかわらず、すぐ隣にあった体育館へは延焼しなかった。消防が駆け付けてきたのは10分後。やや遅い感がしたが、それはサラさんがそう手配していたからなのだろう。あの凄惨な現場を人目に晒さないためだと思う。
消防と学校関係者にはサラさんが説明していた。
「私たちが現場に着いた時には、彼らは既に死亡していました。シンナーなどの薬物による中毒症状だと思われます。その揮発性の物質が倉庫の照明器具と反応して発火したものだと考えられます。火災に関しては私の手落ちであると痛感しております」
妥当な言い訳だと感じた。
マスコミが公表する事は無いだろう。亡くなった生徒の保護者が「うちの子がシンナー遊びなんてするはずがない」と抗議してくるかもしれないが、事実を正確に伝えるよりはまだましだと思う。
現場はサラさんに任せ、俺たちは紀子先輩の自宅へと向かった。車は二年C組の担任教師、田中義一郎から拝借した。
「試験は中止かな?」
「火事があったし、人が死んでるからな」
「中止はないと思うよ。延期じゃないかな?」
「夏休みに引っかかるのは嫌。早く済ませたい」
「でも、ゾンビっていたんだ」
「キモかった」
「映画じゃないからな。知った奴がああなってるの見ておかしくなりそうだ」
「そうだね」
後部座席に陣取っている三名は相変わらずよくしゃべっている。元気そうなのだが、やはり精神的なショックは大きいのだろう。見せたくはなかったが仕方がなかった。
(今のところ大丈夫だが、ちゃんと面倒は見てやれよ)
(それは一安心です)
(心が病むと奴らに付け込まれるからな)
(健全なら入ってこない)
(そういう事だ)
(では、先ほど倉庫で見つけた連中は)
(元々心に闇を持っていたのだろう)
しかし、大小はあるにせよ心に闇を持つなんて普通の人間じゃないか。つまり、連中が本気になれば地球は簡単に攻略できるのではないか。
(そう案ずるな。人の心はそこまで弱くはない)
(そうですね)
(愛と献身、正義と自己犠牲。そんな尊い精神の前には無力なのだ)
(なるほど)
これは理解できる。要するに善の心が対抗手段になるという事なのだ。闇を照らすのは光。そういう事なのだろう。
程なく紀子先輩の自宅へと到着した。海上に突き出している半島の中腹にある豪勢な建物は、廃業したホテルを買い取って改装したものだ。
坂道に設置してあるゲートの横にアンドロイドの守衛が立っていた。彼は俺の事を確認すると敬礼をし、ゲートを開放してくれた。
そのまま坂道を上り、正面玄関の横へと車をつける。メイド姿のアンドロイドが三名出迎えてくれた。
「三谷朱人様。ようこそいらっしゃいませ」
恭しく礼をする三人のアンドロイド。俺たちは彼女らに案内され、建物の中へと入っていった。
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