第6話 京の忖度(そんたく)発言
翌7月8日(月)早朝。
俺は昨夜の争乱における当事者だったのだが、知らん顔で自宅へと向かっていた。期末テスト前で学校を休めない為、焦って戻らなければならなかったのだ。
濁流に流されたランドクルーザーの代わりに、実家にあったスーパーカブを拝借し早朝の原付ツーリングを楽しんでいた。昨夜が快晴であった為か気温が低く、やや肌寒いくらいだったのだがそれがかえって爽快感を増す。しかし、俺の精神はなすすべもなく暗黒面に支配されていた。すべての物質、光までも吸収するブラックホールに支配されているかのような漆黒の闇。それが今の心境だ。
「何を偉そうに解説してるんだ?」
「……」
こんな時に心を読まなくてもいいだろう。要するに酷く落ち込んでいるのを少しSF的に解釈してみただけだ。
「なあ、朱人。ふてくされるんじゃないぞ」
「何でもありません。京様」
「いつまでもクヨクヨと思い悩むのは男子失格である!」
「いえ、現状自分が日本男児であることに自信が持てなくなっているのです」
「あの程度でか?」
「はい」
そう。あの程度で。
昨夜、ムカデの怪物に襲われていた自衛隊を助けた。その時、俺と京は一体化してその怪物を退治したのだが、何故か黒のメイド服を着た魔法少女っぽい恰好へと変化していたのだ。服だけでなく体も女体化していた。
顔や髪形はわからないが、意外と豊満な体形だった気がする。自分の胸を揉んだときのあの衝撃は忘れられない。女体に触れたわずかばかりの喜びは、異質な自分へと変化していた喪失感でかき消された。
「あれはなあ。仕方がなかったのだ」
「どういう意味でしょうか」
「理由はいくつかある。一つ目は、貴様がそのままの姿で乱入した場合を想定してみろ。貴様はどうなる? 自衛隊を救った英雄で、超能力を駆使するスーパーマンとして日本中に認知されてしまうぞ。そして連日マスコミの取材攻勢に晒され、一切の自由は消し飛ぶだろう」
京の説明には頷くしかない。
能力を駆使する時に別の姿へと変身すると言うのは理にかなっていると思う。まるでアニメや特撮の世界ではあるが、それが事実であるならそうするしかないだろう。しかし、何故魔法少女なのか。しかも、メイド服なのか。
「その点についても説明してやろう。まず服装についてだが、それは貴様の願望が具現化したものなのだよ。要するに、貴様がメイドさんに恋焦がれていたからメイドさんになったという事だ」
俺はメイド喫茶なるものへと行った事がない。一度は行ってみたいという願望はある。しかしそれは、単なる好奇心であって俺の強い願望とは違う。さらに言えば、自分で自分をメイドさんに仕立て上げる事など俺には不可能なのだ。
「違う。断じて違う。多少の興味と願望は本質的に異なる」
「まあまあそういきり立つな。貴様のメイドさんに対する
「やはり京様の仕業だったのですね。勘弁してくださいよ」
「それにな。貴様はまだ童貞で、歳は三十を超えているのだろう?」
「余計なお世話です」
「それならば魔法使いになるしか無かろう。妙ちくりんな妖怪や仙人系の奇天烈な外見よりは、素直に美少女系の魔法使い。すなわち魔法少女になった方が美しいのは歴然だな」
「それはそうかもしれませんが、何処でそのような情報を仕入れてきたのですか? そんなものはある種のコメディであって都市伝説ですらありません」
「貴様の日常からに決まっておるだろう。そう。学校というやつだ」
「学校ですか?」
「
「京様。まさか、学校の事までご存知なのですか?」
「ふふふ。これでも我は神。その程度の千里眼は標準装備だと思え」
「標準装備とか……。ところで私のあの女体化した姿ですが、誰かモデルがいたのでしょうか。京様の外見とはだいぶ趣が違う気がします」
「それも
カブの後輪が砂に乗り横滑りをする。危うく転倒するところだった。馬鹿な事に気を取られると危険な目に合うのは真理であろう。気を引き締めねば。
それはそうと、教師が生徒に対して恋心を抱くはずがない。俺を馬鹿にするんじゃない!! と、言いたかったのだが俺も人間であり独身男性である。無数に存在する女子生徒の中には、自分の理想とする容姿を持つ娘や非常に気が合いそうな娘もいたりするのだ。俺は女子生徒との恋愛等には興味がない。これは断言しておく。しかし、こういう娘を嫁にするのは悪くはないのではないかという風な淡い感情が芽生えることだってあるのだ。そんな事で教師を責めないで欲しいと思うのは、一般的なごく普通の感情だと認識している。
「貴様が私の容姿をみたときの反応から察しはついていた。貴様はロリコンではないし、貧相な胸元には興味がないのだ。図星だろ?」
「そんなことはありません。胸の大小など、女性の魅力の高低とは関係がありません」
とは言うものの、豊満な胸元にドキリとしてしまう事は幾度となく経験している。胸元の魅力は女性の魅力の一端であることもまた真実であろう。
「ふふふ。やはり図星ではないか。私はな、そんな貴様のスケベ心を
「おっしゃる通りです。ごめんなさい」
「私に隠し事など無意味だからな。はははははは」
高笑いをする京だった。
礼節も何もあったものではない。これで神様だと言うのだから、神様の世界とはどのような構図なのか計り知れない。結構出鱈目なのではないかと不安になるのだ。
自宅のアパートへと戻りシャワーを浴び出勤の支度をする。愛用のノートパソコンをカバンに入れ再びカブに乗って学校へと向かった。遅刻ギリギリで職員室へと駆け込む。
職員室では皆がスマホをいじっていた。そして口々に「巨大ムカデ」「メイドさん」とか「魔法少女」とか言っているのが聞こえた。
まさか、昨日の動画が拡散されたのか!?
隣の席の同僚のスマホをのぞき込んでみた。そこにはまさに、昨夜の映像が再生されていたのだった。
※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます