第8話 放課後の雷鳴

 ここは理科準備室。

 今日は放課後になっても例の三人組がたむろしていた。試験勉強をするという名目だったのだが、何やら真剣におしゃべりをしている。話題は例の動画だった。


「これは確かに星子そっくりだよな」

「でしょでしょ」

「しかし、画像を解析したらCGとの合成だってすぐにバレるんじゃないかな?」

「それがですね。既に解析している人がいたのです。動画を加工した痕跡がない完璧な素撮り映像だって太鼓判を押してたんだ」

「そうか、しかし最も大きな疑問点はそこじゃない」

「それは何? 知子ゴジラさん」


 メガネっ娘の有原羽里が至近距離で知子の顔を覗く。


「こんなに完ぺきな証拠、しかもフェイクではない映像を見てどう疑問を感じるっていうの?」


 羽里に詰め寄られ頬を赤く染める知子。彼女なりに百合への羞恥心があると言う事なのだろうか。


「いや。そうじゃない、羽里ハリー


 少し後ろに下がって首を横に振る知子。更に詰め寄ろうとする羽里を手で制した知子が呟く。


「だってさ。あんなに運動音痴ウンチ星子ホシコがこんなにハツラツと体動かしてるの見たことがない。これ、どこかのアクション俳優みたいな動きだぞ」

「えっ! その視点は無かったかも?? 確かに、確かに。この体さばきは星子ホシコちゃんには100%無理だわ」

「だろ? それに時間は午後9時くらいだろう。その時間帯に星子ホシコから電話があって少し話をしたんだ」

「話って!? ゴジラさん。まさか星子ホシコちゃんと愛の語らいをしていたというの?」

「いや、古典で分からないところがあるからって話。漢文の事だよ」

「え?」

星子ホシコは自宅で勉強してたんだ」

「マジで? 星子ホシコちゃんマジで勉強してたの?」


 一人会話に入らず、マイペースな星子は教科書を開き勉強していた。そして羽里の顔を見つめキョトンとしている。


「え? 昨日の夜は古典と世界史かな? 一応ノートまとめてますけど羽里ちゃん見ないの?」


「あ? そう言えばそういう約束だった。私は現国と地学だったよ。あははは」


 どうやら、試験範囲の整理を分担する約束をしていたようだ。羽里は例の動画にかかりっきりでスッポリと忘れているのが見て取れる。


 遠くで雷光が輝く。窓を開け外を見ると、空は黒い雲に覆いつくされている。

 これは積乱雲……いや、スーパーセルか。単一のセルで構成される雷雲の塊。こいつに引っかかるとそれは局所的な激しい嵐となる場合が多い。激しい雷雨や、時には竜巻をも伴う。


 俺は雲の様子を眺めていたのだが、そろそろ嵐が来ると判断し理科準備室の窓を閉めた。


「お前たちはもうしばらくここにいろ。一時的に風雨が激しくなる」

「雲見ただけで分かるの? ミミ先生」

「専門外だが、その程度の知識はある」


 女生徒三人が何やら羨望の眼差しを向けてくる。これは、教師をしていてある種の快感を覚える一瞬でもある。


 外が急激に暗くなり、突風が吹き始めた。

 そして、雷鳴が轟き激しい雨が降り始める。


「光った!」

「1…2…3…」


 ガラガラガラズドドーン!


「雷落ちた」

「近いよ」

「怖い」


 知子は平然としていたが、羽里と星子は泣きそうになり知子にしがみついていた。


「こんな程度でビビるなよ」


 なかなか豪胆な娘である。それでも彼女の表情は歪んでおり落雷に対する恐怖感はぬぐえないようだ。


 ズドドドドドーン!


 付近で落雷した。轟音が鳴り響く。


「大尉殿。連邦軍の新兵器であります。すごくおっかないよ」

「馬鹿星子ホシコ。アレはただの雷で新兵器なんかじゃないって」


 アニメの話だろうか。こんな時にも素っ頓狂なボケをかましてくれる星子の存在は有難い。


 ガラガラガラズドドーン!


 再び落雷の轟音が響く。星子と羽里は目に涙を貯め知子に抱きついている。学校の付近で何度も落雷しているのだろう。さすがにこの至近距離での雷光と雷鳴には心臓を掴まれてしまうような恐怖感がある。


(新兵器か……なるほど言い得て妙だな)

(それはどういう意味ですか?)


 京が意味深な事を言う。新兵器って、まさかこのスーパーセルが本当に新兵器だっていうのか?


(アレだよアレ。よこしまな奴が、ちと大仰な装いでやってきたんだ)

(邪な奴って、昨夜やっつけたんじゃないんですか)

(あの程度で滅することができるなら苦労はせん。大ムカデだけなら弓と刀でも退治できるぞ)


 少し納得できたような気がする。邪なる存在とは何か悪霊のようなもので、昨夜であればムカデに憑りついていたという事か。ムカデを殺しはしたが、中身の悪霊は逃げて行ったのだ。


(流石は法術士の末裔まつえいだな。呑み込みが早い)

(大体あってるんですね)

(ああ)


 敵の本体は、悪霊みたいな目に見えない存在。それが嵐の中に紛れて襲ってきたと言う事なのか。


(そろそろ来るぞ)

(え?)


 ガラガラガラズドドーン!


 超至近距離、理科室で轟音が鳴り響いた。正に隣の部屋へと落雷したのだ。

 星子と羽里が悲鳴を上げる。知子も耳を塞ぎしゃがんでしまった。俺も地下のシェルターに非難したい気分だった。


「グルルルル……」


 何か、猛獣の唸り声のようなものが聞こえる。


「アレは雷獣のぬえだよ」

「そんなのは迷信だ」

「でも隣の部屋にいる」


 三人の少女が口々に呟く。正体は分からないが隣の部屋に何かいる事だけは確かだ。


「お前たちはここから動くな。いいな。動くんじゃないぞ」


 三人が頷く。俺は、通販で買った洞爺湖とうやこが彫ってある木刀を握りしめ理科室への扉を開けた。


 ドアを後ろ手に閉め正面を向く。ムカデ程度なら木刀で何とかしてやると意気込んで来たのだが、其処にいたのは大層立派な体格をしているツキノワグマだった。体長は2.7m程で、ツキノワグマとしては異様に大きい。そしてその足元にいるのは三角の頭部に銭形の模様が目立つマムシだったのだが、これも体長が3m近くあるニシキヘビ級の大きさだった。


(京様。これ、大き過ぎではありませんか? 天然でこんな個体はいないと思うのですが)

(当然だ。よこしまなるもの“グニア”が入り込んだ生物は大型化する。昨夜見たであろう。あの大ムカデを)

(確かに)


 京はよこしまなるものをグニアと呼んだ。それが生物に入り込み巨大化するのだという。今目の前にいるこの二体がまさにグニアなのだろう。

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