第9話 京の依り代
目の前にいるは大きなツキノワグマと大マムシだ。
ツキノワグマは俺を睨みつけ、大マムシは何故か微笑んでいる。
「帝国の犬を見つけた」
ツキノワグマが流暢な日本語を話した。野太い男の声だ。
「隠しても無駄よ。引き渡しなさい」
大マムシも日本語を話した。こちらは艶のある女性の声。
そう言えば昨夜の大ムカデも日本語を話していた。その時はクレドの手下とか何とか言っていた気がする。帝国の犬とクレドの手下とは同じ意味なのだろうか。
(
(わかりました)
ここでは俺の意思を尊重すると言う事か。京に体を乗っ取られるのかと思ったがそうではないらしい。
「引き渡せとはどういう意味だ」
「分かり難かったかしら。クレドの手下の、その
たおやかな女性の声で訴えてくる大マムシ。
クレドの手下とは京の事だろうか。そしてその依り代とは御神体、昨夜回収した右腕の事なのか? それならば、その他の部分は土石流に流され行方は知れない。
「クレドの手下とは京様の事か? 京様は
「ほほう。では
ちょろちょろと赤い舌を伸ばし大マムシに睨まれる。優しい口ぶりではあるが、やはり言外にその毒々しさは伝わってくる。
「そのような脅しは無意味だ。それに何を以て依り代とするのか? 昨夜の土石流で
右腕一本は回収したがその他の部分は流されて行方不明だ。嘘ではない。この情報を教えるのはどうなのだろうかとも思うが、流された人形の体を探して他所へ行ってくれれば助かる。そう思った。
「壊れた人形なんてどうでもいいの。今の依り代の事よ。昨夜、暴れたでしょ?」
俺の事だった。さすがにドキリとする。すっと近寄り、間近で俺の顔を覗き込む大マムシ。そしてにやにやと笑っている。何故、蛇が笑っているのが読み取れるのかは不思議だが、確かにこの大マムシは笑っている。そして、心を見透かすようなその態度にも、俺の心臓が高鳴る。
これはヤバイ状況かもしれない。しかし、勇気を振り絞り毅然とした態度は崩さない。
「断る。お前たちとの交渉はしない」
「あら。強情ね」
「食っちまうぞ」
ツキノワグマは野太い声で脅してくる。そして大マムシは笑いながら続ける。
「そのクレドの手下……京と言ったかしら。私たちはそいつが邪魔で仕方がないのよ。でもね。京が現世で活動するためには依り代が必要なの。それを排除してしまえば私たちは安泰なのよ」
「断る」
まあ、こう返事をするしかないだろう。
「其方の名は?」
「
「そう。朱人。其方にもう一度お願いするわ。依り代を引き渡しなさい。そうすればあなたには手を出さない。約束するわ」
妖しく艶のある声。そしてそれは、心に官能的な響きを与える。
魅了の魔術とでもいうのだろうか。この
あれ?
依り代とは俺の事ではなかったのか? 大マムシは俺に依り代を引き渡せと言った。人形の右腕ではなく、俺でもない。だとすれば依り代とは何なのだ??
疑問に思うのだが、俺は態度を変えるわけにはいかない。
「交渉には応じられない。すぐに退散するなら見逃してやる」
「頑迷な法術士ね。話し合いは無駄ということかしら」
大マムシの一言に俺は頷く。それでも大マムシは笑っている。
しかし、ツキノワグマの方は焦れてきたようだ。何故だかそれが表情に現れてきているのだ。
「マユラよ。もう食っちまおう」
「我慢しなさいダルジス。もう少しよ」
こいつらには名前があるようだ。大マムシがマユラ、ツキノワグマがダルジス。
その笑顔には悪寒が走る。もう少しと言った。それは何なのか。
ドゴゴゴーン!
準備室の方で轟音がする。
そして女子生徒三名の悲鳴が聞こえた。
窓の外を見ると巨大な猪と数匹の大蛇が三名の女生徒を、すなわち黒田星子、綾川知子、有原羽里を外へと連れだしていた。
女子生徒三名の悲鳴が響き渡る。あの気丈な綾川知子でさえ悲痛な叫び声をあげている。黒田星子と有原羽里はそれこそ泣き叫んでいる。
「マティが依り代を捕まえた」
「ダルジス。あの、一番肥えた娘よ」
「ふはははは。俺が食うぞ」
「其方は私が頂きます。気持ちよく。ええ、永遠の恍惚を味合わせてあげますわ。感謝なさい」
俺を飲み込もうとしているのか、その大口を更に大きく開いている。
蛇の口って、どうしてあんなに大きく開くんだっけ? 確か上顎と下顎の間に骨があって、要するに顎の関節が二つあるからだと言われてたな。顎の間にある骨の名前って何だっけ??
馬鹿な事を考えている間に、俺の全身は激しい恍惚感に襲われる。永遠の恍惚と言っていたが、まさにその通りだと思った。本当に気持ちがいい。魅了の魔術をまともに受けたらこうなるのか。残念な事に、俺はこの快楽をそのまま受け入れ、そしてその快楽に浸りきっていた。
(呆けるな。馬鹿者!!)
京の叱責に目が覚める。今まさに
「ぎゃ! 何をする。この法術士め!」
酷く驚いたのだろう。大マムシは痙攣しながら俺から離れていく。びっくりしたのは俺も同じだが、しかし、この状況はどうすればいい。俺もピンチだが、三人の女生徒の方がもっと危ない。特に
(行くぞ。
(はい、京様)
京に促され、俺は腹をくくる。
俺の全身は眩い光に包まれ、そして黒いメイド服に身を包んだ豊満な体形の少女へと変身していた。右手に持っていた木刀は、柄に豪奢な装飾を施した細身の剣、光り輝く刀身を持つレイピアへと変化していた。
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