第3話 機装院神社

 その日の午後、体に異常なしと診断され病院をほっぽり出された俺は実家へと戻っていた。道路が分断されていたため、すぐには自宅へ戻れそうになかった。


「おい。朱人」

「何でしょうか。京様」


 不意に声をかけてくる京。今はその姿を見ることができないのだが、声は聞こえる。しかし、その声は他の人には聞こえていないようで、常に俺だけが反応していた。傍から見ると、彼女との会話は延々と独り言を言っているように見えるはずだ。下手をすると、どこぞの精神科へと突っ込まれるのではないかという気がする。厳重な注意が必要だ。


「私の体を探すのだ」

「??」


 俺は京の言っている意味がわからなかった。

 体を探せとはいったいどういう事なのだろうか。


「まだ寝ぼけているのか。私の体を探せ」

「京様」

「何だ。貴様、口答えするのか?」

「そうではなくて、どういう意味なのか分かりかねるのです。体を探すとは、御神体を探すという事でよろしいのでしょうか?」

「当たり前だ。神の体とは御神体のことに決まっているだろう。馬鹿者め」


 なるほど。御神体とは神の宿る依り代。島や山や巨木を御神体としている神社があると聞く。一般には石とか剣とか鏡とか、そういった物体だったと記憶しているのだが、京の場合は何なのだろうか。


「御神体があるということは、京様を祭る神社が存在しているという事でしょうか」

「まあ、存在していたという事だな」

「過去形ですか」

「うむ。今は無い」

「そうなんですか。その、元神社を探せとおっしゃるのでしょうか」

「そうだ。その場所は把握しているし、近くに行けば御神体の正確な位置もわかる」

「なるほど。ところでその場所とはどの辺りなのでしょうか」

「この家の裏山だ」

「え!」


 あそこか。


 裏山に小さい洞窟があり、その横に何かほこらのような物があった。子供の頃はその周辺で遊んでいたものだ。木々が鬱蒼と生い茂っていて薄暗い、肝試し的なスポットだったのを覚えている。


「呆けている場合ではないぞ、朱人。その辺りは鉄砲水が噴き出し、かなりの土砂が流された。祠も流されておる。さあ急いで御神体を探すのだ」

「わかりました。早速出かけましょう」


 結構な緊急事態だという事はわかった。しかし、どうすればいいのやら見当がつかない。

 幸い天候は回復しており、現在は晴天だ。なたと小型のシャベルを持ち、長靴をはき麦わら帽子をかぶり軍手をはめて裏山へと向かう。そう苦労する事もなくくだんの場所へと行くことができた。そこは相当な土砂が流れていて、まだ水も流れている。こんな場所へのこのこと訪れるのは危険だとは思うのだが、京の体、御神体にとっての一大事である。出来る限りの事はしてやろうと思った。


「朱人。左側、その大きな木の周囲を探せ」

「はい」


 京の指示に従い、その木の周囲を漁ってみる。すると、マネキン人形の腕のような物体を見つけた。よく見ると、それは人間の腕かと思うくらい精工に作られていた。


「京様。これですか?」

「ああそうだ。慎重に掘り起こせ」

「わかりました」


 俺はシャベルを取り出し、腕を、その下に埋もれているであろう御神体を傷つけないよう慎重に掘っていく。しかし、見つかったのは肩から千切れていた右腕だけだった。泥まみれだったそれは柔らかく、そして骨格があるかのようにしっかりとした造りであった。


「これは京様の右腕で間違いがないのですね」

「ああ間違いない。他の部位がないか周囲を探せ」


 京の指示に従い周囲を掘ってみたものの、何も見つける事が出来なかった。なおも周囲を探していた俺に京は声を掛けてきた。


「もうよい。朱人」

「しかし、見つかったのは右腕だけですが」

「ほかの部位は流されてしまったようだな。そしても流されている」

「アレ?」


 京の言うとは何なのか。

 京は自分の事を神様だと名乗っているが、最初にいにしえ戦神いくさがみだと言っていた。とすると、何かよこしまな存在を封印していたとか、そういう話なのではないだろうか。どこぞのファンタジー的な設定だと苦笑するのだが。


「朱人。貴様、なかなか鋭いな」

「鋭いって何がですか?」

「今、貴様が考えていた事だ。邪な存在を私が封印していたのだ」


 心を読まれている。そう言えば、京は最初から心の声は聞こえているとか言っていた。なるほど、邪な存在か。


 マテマテ。それはもしかして不味いんじゃないのか?


「不味い。貴様の家系は元々、我が機装院神社を祭る事がその責務であったのだ」


 また心を読まれた。それよりも、京は何て言った? 俺の家が機装院神社を祭る家系だったとか何とか。


「あの。京様。それは本当ですか?」

「嘘ではない。本当だ」


 代々農家だった我が家なのだが、そんな事実があったとは知らなかった。しかし、そのような話はとんと聞いたことがない。


「もう日が暮れる。長居は無用だ」

「そうですね」


 日は西に傾き、その光は朱色に染まりつつあった。

 俺は京の御神体、その右腕を抱え裏山を降りて行った。その道すがら京が事情を話してくれた。


 古い時代に戦乱があった。

 その戦乱を収めるべく、遠い異国の地より遣わされた戦神。それが京だった。


 人と人との争い。

 しかし、その裏に人ではない存在も暗躍していたのだと言う。その人ではない存在を駆逐する事が京の主な目的であった。


「奴は結構な強敵であってな。私一人の力では抑えることができなかったのだが、貴様のご先祖と協力することで何とか封印できたのだ」

「あの。私のご先祖ってそんなにご立派だったのですか?」

「立派だったぞ。武力に優れ法術を駆使し、異界からの魔物を退治するのが仕事であったようだな」

「それは陰陽師のような?」

「うむ。陰陽師とは系統が違うようなのだが、やっていた事は似ている」

「そうなんですね」


 そう返事をしたものの、にわかに信じられることではない。俺の家系は代々農業に勤しんで来たと思い込んでいたからだ。

 しかし、超常的な京の力は既に体験している。そして、現在目に見えない存在の京と話している事は事実である。そう考えると、京の話は事実であると認識すべきなのだろう。


「それはそうと、我が家は何故農業を生業としているのでしょうか? 時代の変化ってやつでしょうか?」

「それは歴史的に色々あったのだ。戦国期に仕えていた陣営が破れ、この地は焼かれたのだ。当時はもう少し人口が多い集落であったのだが今はほとんどが田畑となっている」

「その時に京様の神社も破壊されたのでしょうか」

「そうだな。しかし、それでも細々と祠を作り我を祭っていたのが貴様のご先祖だ。それはそれは尊い行為なのだぞ」

「はい。ところで、その御先祖様の武力に優れ法術を駆使するという技は失われてしまったと」

「そういう事だ。我の祠を守り続けることを主眼とし、表向きは農業に勤しんで来た。それで現在に至る」


 大体話の筋は理解できた気がする。しかし、一つ重大な問題があるじゃないか。もちろん御神体、すなわち京の体が行方不明である事もだが、京が封印していたという。つまり、何かよこしまな存在が解放されている事が重大なのではないかと思い至った。ひょっとしてこれは不味いのではないかとそう思うのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る