第16話 融合個体

 俺は錫杖しゃくじょうと言っているが、実際これを何と呼ぶのかは知らない。錫杖しゃくじょうとは修行僧が持っているような柄の長い杖で、先端部分には金属製の輪があり、シャンシャンと音がする遊環ゆかんがついているのだ。俺が持っているのは柄も短く音が出る遊環ゆかんもついていない。代わりに魔法を放出するであろう紫色の大きな宝石が結わえてある。しかし、その宝石を結わえてある環状の金属の雰囲気が錫杖に似ていると思ったのだ。


(正式名は法術杖ほうじゅつじょうだ。魔法使いの杖だと思えばよい。打撃に使うと壊れるから注意しろよ)

(わかりました)


 一々解説してくれる京の優しさに驚いてしまう。俺はその法術杖を振り先端の宝石より魔力を放出した。それは紫色に輝く雷撃となってチータに命中した。チータは一瞬痙攣し、雷撃を驚異に感じたのか一端後方へと下がった。

 空中から地上へと降りた俺はトレーラーとシマウマの間に入る。そこで全身から魔力を放出してシマウマを弾き飛ばした。

 左前脚を失っているシマウマは簡単に倒れて俺に腹を向けた。俺は迷わず法術杖を振り、その腹に向かって雷撃を放った。


 シマウマの腹部は破裂し、血と内臓をぶちまけた。

 俺は左掌を開き、光の弾を数発放った。それはアフリカゾウの顔面に命中し大きな光球となって弾けた。面食らったのか、アフリカゾウも後退りしていく。

 不意に背後からチータが飛び掛かってくるのが見えた。俺は魔法少女になっているときには何故か全周囲が見えている。大きく開いているチータの口に左手を突っ込み、光の弾を数発放つ。その光の弾はチータの腹の中で膨らんでいく。そしてチータの腹は破裂した。


(よくやった。後はあのデカ物だ)

(はい)


 法術杖を振りアフリカゾウに雷撃を加えるも、相手が大きすぎる為か効き目に乏しい。俺はジャンプしてゾウの眉間に蹴りを加えるのだが、それでも効果がないようだ。

 アフリカゾウはその長大な鼻を振り回してきた。俺はそれをかわし空中へと退避する。


(京様。このデカブツどうしましょうか)

(ふふん。貴様、こんな程度の雑魚に苦戦するのか?)

(いや、雑魚なんですかね)

(雑魚だ)

(……)


 京にとってはこの程度が雑魚なのだろうか。魔法少女初心者の俺からすれば攻略し難い強敵なのだ。


(仕方ないな。一つ強力な魔法を授けてやろう。私の言う通りに詠唱しろ)

(はい。分かりました)


 初心者では魔法がうまく扱えるわけがない。京の補助があってこそ本来の力、魔法が発揮されるのだろう。


(ではいくぞ)

(はい)


(大いなる大地の女神クレド様の名において命ずる)

「大いなる大地の女神クレド様の名において命ずる」


(大地の精よ。その戒めの力を我に与えよ)

「大地の精よ。その戒めの力を我に与えよ」


(彼の者の戒めを解き放ち、そして新たな戒めを与え給え)

「彼の者の戒めを解き放ち、そして新たな戒めを与え給え」


(其は百重の戒めなり)

「其は百重の戒めなり」


(今ここに現れん事を切に願う)

「今ここに現れん事を切に願う」


超重力崩壊術式起動ハイパーグラビテーションカタストロフィー

超重力崩壊術式起動ハイパーグラビテーションカタストロフィー


 何故に最後は横文字っぽいのか理解に苦しむのだが、その呪文の詠唱に合わせて法術杖を振った。


 先端の宝石から紫色の眩い雷光が放たれる。

 それはアフリカゾウを中心として広範囲に稲妻を光らせた。その稲妻はアフリカゾウの中に全て吸収された。


(ふふふ。来るぞ)


 不敵に笑う京。

 それに応えるように、アフリカゾウはふわりと浮き上がった。体高の三倍以上、20mほど浮き上がったところでそのまま下へと落下した。そして更に強力な重力が効いているかのようにその体を押しつぶした。路面はひび割れて陥没し、アフリカゾウも押しつぶされて血と内臓をぶちまけた。


(ふふーん。重量級は重力を操ってやれば簡単に潰せるんだよ。覚えておけ)

(はい分かりました)


 どのような原理なのだろうか。一瞬重力が消失して浮き上がり、その後、瞬間的に数十倍の重力がかかって潰れてしまったように見えた。小型の生き物であればダメージは少なかったのかもしれないが、あのように巨大化したアフリカゾウでは相当なダメージを食らったに違いない。ゾウの肉体は完全に破壊されていた。


 俺は地上に降りた。トレーラーからも皆が降りてきた。


「朱人。やったわね!」


 笑顔で俺の両手を掴んで来たのは紀子先輩。


「ミミ先生凄い。やっぱり最強だね」


 飛び上がって喜んでいるのは黒田星子。そんな動き方をすると胸の揺れが激しいので目のやり場に困る。


「さすがだ、格の違いを見せられた気分だぜ」


 腕組みをして頷いているのは綾川知子。そして有原羽里は……。


「胸、胸、ミミ先生、その触っても……」


 俺に忍び寄って来ていた羽里を星子と知子が引き離した。


「良い訳ないだろ。馬鹿羽里ハリー

「そうだよ。ミミ先生に失礼だよ」

「はあはあ。ミミ先生がキックする時とか、スカートがめくれて、胸も躍ってて……。え? ロボットが動いてるよ」


 羽里が指さす方を見ると確かにロボットが、いや戦闘用アンドロイドが動いていた。それはシマウマの死骸の上で倒れた。もう一体の戦闘用アンドロイドもチータの上で倒れた。そして、トレーラーの運転手だったバロンがずるずると地面を引きずられるようにアフリカゾウの死骸の上に重なっていく。


「どうしたの。もう稼働しないはずなのに」

「後方に下がりましょう」

 

 俺の一言に皆が頷き、トレーラーの後方へと移動する。動物の死骸から何かの組織が分離してアンドロイドの内部へと侵入していく。そして、内部に侵入されたアンドロイドもそのパーツを分離しながら動物の組織と一体化していく。


「何が起こっているの?」

「分かりません。でもヤバイ感じがします」


 今どきの言葉で言えばハイブリッド化とでもいうのだろうか。

 動物の組織とアンドロイドのパーツが複雑に絡み合って一体の、サイボーグともいうべき個体へと変化していく。


 シマウマは恐らくプリンスと融合していた。頭はアンドロイドのプリンス。人型の肉体の上にアンドロイドの装甲を、まるで鎧のようにまとっている。鎧の下のゼブラ模様がなんともおぞましい雰囲気だ。


 チータはデュークと融合している。こちらはチータの頭の下にアンドロイドの鎧を着ているかのような出で立ちだった。鎧の下のヒョウ柄が禍々まがまがしい。


 アフリカゾウはバロンを取り込んでいた。華奢なバロンはかなりごつい体形へと変化してくのだが、その体にゾウの面影は少ない。ゾウの灰色をしている厚い皮膚に覆われているが、長い鼻や長い牙、大きな耳は再現されていなかった。


 バロンとアフリカゾウが融合した個体がしゃべり始めた。


「我はマティ。また会ったな帝国の犬め」


 チータとデュークが融合した個体もしゃべり始めた。


「クレドの手下……許さない」


 女の声だった。これは前回大マムシであったマユラであろう。


「バラバラに引き裂いてくれる」


 こちらはシマウマとプリンスが融合した個体。ツキノワグマだったダルジスであろう。


 邪なるものグニアは生物だけでなく機械類も取り込むことができるのか。なるほど、これは強敵だ。過去の戦いにおいて、京一人で退治できなかったという話は納得がいく。


 俺に倒せるのかどうか、正直なところ自信は全くなかった。

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