第4話 楽しい団らんはハイジャックされる

 俺は京の右腕を抱えて実家へと戻った。まだ日没前だったのだが、既に夕食の準備は整っていた。


「どこをほっつき歩いてたんだ」


 兄にどやされた。色々忙しいのは承知しているのだが、俺には京の面倒を見るという責任がある。なにせ、命の恩人なのだから。


「水道が止まってるし井戸水も濁ってる。風呂は濁った水で沸かしてあるからそれで我慢しろ。飲み水は貴重だから節約しろよ」

「わかった」

「給水車が来るのは明日かららしい。今、自衛隊の皆さんが道路の復旧をしてくださっている」

「もう出動してるんだ。早いな」

「感謝しろよ」

「わかってるって」


 食卓について驚いた。

 今日のおかずはサーロインステーキとエビフライという豪勢な組み合わせだったのだ。


「電気が止まっちゃってるからね。冷蔵庫の中にあった御馳走、全部出したのよ」


 なるほど。

 我が家にはALL電化などという高尚な設備はなく、大田舎なので当然都市ガスも来ていない。ありきたりなプロパンガスとガスコンロのおかげで、電気が止まったくらいでは調理には不自由しないという訳だ。風呂は未だにまきを使っている。

 兄の子供たち三人はこのご馳走に大はしゃぎだった。そしてもうすぐ90になる祖母も、元気にステーキをかじっていた。そう。俺の実家は今どき珍しい大家族だった。


(美味そうだな)


 俺のすぐ隣にいるであろう京が小声で話しかけてきた。咄嗟に返事をしそうになって思いとどまる。そう、京は俺の心が読めるのだ。だったら一々しゃべる必要はないだろう。


(京様も食べられますか?)

(馬鹿者。体がないのに食事ができるはずがないだろう)

(それは残念。ではいただきます)

(ぐぬぬ。一人で食うな)

(そういわれても困るのですが……もぐもぐ)

(そ、その肉は国産の霜降り肉ではないのか?)

(そのようですね。プーチン大統領が来日した際に提供された長州和牛だと思いますよ……もぐもぐ)

(こ、高級品なのではないか?)

(松坂牛や見島牛ほどではないと思いますけど、普通に肉屋さんで買えますから……もぐもぐ)

(エ、エビフライも?)

(ええ美味しいですよ。でもコレは冷凍もののブラックタイガーですね。多分ベトナム産ですよ……もぐもぐ)

(天然ものか?)

(養殖物でしょうね。でも美味しいですよ……もぐもぐ)

(ううううう。この意地悪虫)

(誰がですか……もぐもぐ)

(貴様だ貴様。この馬鹿朱人!!)

(私は美味しく夕食をいただいているだけですが、何か不都合でもありますか……もぐもぐ)

(大いに不都合有りだ。貴様貴様貴様あああああ。この人でなしめ!!)

(私は最初に京様にもおすそ分けしようと思いお尋ねしました。しかし、不可能だとお断りになられたのは京様です……もぐもぐ)

(もう許さん。貴様覚悟はいいか!!)

(そのように言われても困るのですが。何か解決方法があるとでも?)

(うるさいうるさい。そのようなわからず屋はこうしてやる!!)


 その時、俺の横で文句を言っていた京が俺に抱きついて来たように感じた。そして周囲が眩しく光り輝き、俺の意識は途絶えてしまった。


 また倒れてしまったのかと思った。しかし、そうではなかった。しばらくして意識が回復した俺の目の前、皿の上の料理はきれいさっぱり何も残っていなかった。ステーキも三分の一程しか食べていなかったし、三尾あったエビフライも一尾しか食べていなかった。付け合わせのポテトや温野菜、トマトやレタスなどの生野菜。そして味噌汁も。


(ふう。食った食った。貴様の母は料理上手だな。我は満足したぞ)

(え? 京様。一体何を……)

(何って……貴様の体を借りて食事をした。それだけだ)

(……私の食事、横取りしたんですか?)

(人聞きの悪い事を言うな。もう一度言うが、貴様の体を借りて私が食事をしただけだ。食したものは貴様の胃袋に詰まっている)


 咄嗟に理解できなかった。

 事実関係を反芻してみる。京が俺の体を乗っ取って食事をした。その間、俺の意識は無かった。それはつまり……。


(要するに、貴様の食事に関する喜びを……ちと拝借しただけだ。栄養は全て貴様の管理下にある。心配することはないぞ)

(それって、惨くないですか)

(ない)

(私の喜びを奪ったと)

(そういう言い方もできるが、苦痛を与えたわけではない。そして貴様の満腹中枢は満たされているではないか)

(確かにそうですね。もう満腹ですね)

(だったら良い。そうだな)

(そうかも?)


 釈然としないのだが仕方がない。既に腹は満たされ、もう食事をする余裕はないようだ。


「朱人。今日の食べっぷりは良かったわね。日頃、ろくでもない食事をしてるんじゃないの?」

「いや、そうでもないです」


 母の突っ込みにあいまいに返事をするしかなかった。きっと京は数百年も何も食していなかったので、餓えていたに違いない。


(言っておくが私は食事をする必要がないからな。決して飢えたりはせん)

(いや、飢えていたでしょう?)

(人聞きの悪い事を言うな。馬鹿者)

(はいはい)


 納得した訳ではないが、これ以上の抗議は無意味だと思った。そして食事をする喜びとは、人間にとって非常に大切な物だということが身に染みて理解できた。


 濁った水で沸かした風呂に入り、夕涼みに外へと出る。

 すでに暗くなっている夜空には満天の星が煌めいていた。


 停電しているため、周囲には灯火がない。通常でも星は良く見える地域なのだが、今夜は格別多くの星々が見えていた。そう、まさに天より星が降ってくるかのような臨場感であった。そういえば今日は7月7日、七夕だった。

 今夜、織姫と彦星は出会えたのだろうか。天文には詳しくはないのだが、そのくらいは俺にもわかる。夏の大三角と言われているのがはくちょう座のデネブ、こと座のベガ、わし座のアルタイルだ。非常に目立つ一等星なので見つけるのは簡単。天の川を挟んでベガとアルタイルが確認できた。このベガとアルタイルが織姫と彦星なのだ。


 今夜はこんなに晴れているから、年に一度の逢瀬も滞りなく行えたのだろう。


(良かったな。お幸せに)


 心の中でつぶやいた。その時だった。


「朱人。奴が出た。急げ」

「どうしたんですか?」

「奴が出たんだ。だよ


 とはか。京が封印していたという邪なる存在。京の体、御神体と共に流されたというだ。


「どうするんですか?」

「今、道路の復旧作業をしていた自衛隊が襲われている。現場に行くぞ」

「はい」


 俺は納屋にあったスーパーカブのキーをひねりキックをかました。

 我が家ではカブのキーは常に差しっぱなしになっている。エンジンはキック一発で始動した。京は荷台に乗り俺にしがみついているようだ。


 俺は何も考えず、自衛隊が襲われているという現場へカブを走らせた。

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