ススキ
カメリアさんは杖の先で、複雑な文様を描いた。
それはまるで花火で絵を描くように、空中に輝く線を引いた。それは花火の残像と違いくっきりとそこに残り、それが魔法であることを示していた。
「いいですかアジサイさん。わたしはこれから、あの線のなかにこれを放り込みます」
そう言ってカメリアさんは縫い目グダグダのお守りを首から外した。
「そしたらあの線の色が変わります。アジサイさんはそこに手を突っ込んで、その奥にあるものを掴んでください」
「え? だ、大丈夫なのそれ」
「大丈夫です。私を信じてください」カメリアさんは力強くそう言った。信じるしかない。カメリアさんは、その線にお守りを放り込む。ぼおおお――――と、線の色が変わっていく。
「いまです!」カメリアさんがそう言うので、あたしはそこに手を突っ込んだ。
特に熱いとか冷たいとか、そういう感じはない。手を突っ込んで中を探る。どこだ? そもそもなんだ? 必死で探すが見つからない。失敗したのか?
その間にもカメリアさんは悪魔に魔法をぶつけている。よく分からないがアニメでよく見る、防御魔法で悪魔を挟んで動けなくしている。悪魔は「ぎぎぎぎっぎぎぎ」と唸っている。
「もう持ちません。急いで!」
「う、うん!」あたしは必死で手のさきを探る。何かに触った。掴む。引っ張る。それはずるずると長く、ひどく軽いものだった。
「なんこれ……」
引っ張り出したのは、ススキの束だった。
「それで悪魔の首を刎ねられます!」カメリアさんはそう言うものの、そんな恐ろしいことが本当にあたしなんぞにできるんだろうか。怯えて立っていると、カメリアさんは魔法を唱えながらあたしに近づいてきて、あたしの背中をとん、と叩いた。
ばちばちばちと体の中でいろいろなものが爆ぜた。
そうだ、これで悪魔の首を刎ねなきゃいけない。この悪魔はカメリアさんの青春を、人生の半分を奪い、そしてあたしを殺そうとし、タチバナさんにひどい怪我を負わせた。
倒さねばならない。覚悟と共にそれを大きく振りかぶり悪魔の首に振り下ろした。
がちぃん。
あっさり弾かれて目が点になる。なんで? わからない。
「カメリア・ローズ。お前はわれが魔法も使えぬ民に殺せると思うたか?」
うわあ、手詰まり。詰んじゃってる。
「これくらいのことは予想してました。だからナメないで」
カメリアさんはあたしの背後に回ると、後ろから抱き着くかっこうで、一緒にススキの束を掴んだ。ススキの束は、淡く輝いて形を変えた。
きらきらの銀色に光る銃だ。え、こんなのぶっ放したら警察に呼ばれやしないか。とにかく、銃口を悪魔に向ける。
「大丈夫。なにも怖くない――恐れてはいけない。恐れることは悪魔に屈すること。わたしたち魔法使いは、悪魔と共に生きる民。共に生きるものが害をなすならば、ほかのものと共に生きるしかない」
やっと覚悟が決まった。
その、火縄銃みたいな、いや火打石がついてるから火縄銃じゃないな、とにかく博物館にあるようなその銃の、引き金に指をかける。
カメリアさんの息、鼓動、体温が伝わってくる。なんだかすごく、ドキドキする。
「ぐるぅああっ!」
悪魔はそう叫んで体をびちびちと動かし、飛びかかってきた。
それと同時に引き金を引いた。悪魔の胴体に、銀の弾丸が撃ち込まれた。悪魔は悲鳴を上げ、体液をまき散らしながらのたうち回っている。
「頭にも一発打ち込みましょう。生かしておいたらなにをするかわからない」
悪魔の頭に狙いを定め一撃撃ち込むと、悪魔は動かなくなった。
「――ここから先はタチバナの仕事です」
カメリアさんはタチバナさんをそっと起こした。タチバナさんは意識朦朧という顔だ。カメリアさんが魔法をかけて怪我を治す。タチバナさんは、
「む、ぐう……カメリアの治癒魔法は強力だな」と答えるにとどめた。
「悪魔は動かなくなったよ。閉じ込めて」
「――うむ」タチバナさんはポケットから、今はもうすっかり懐かしいものになってしまったフィルムケースを取り出した。知ってる人いるかな。あたしが子供のころ、まだデジカメが普及する前のカメラに入れるフィルムが入ってて売られてたやつ。
「悪魔よ、我に従え。終焉るときまで我に従え」
タチバナさんのもつフィルムケースに、悪魔がするすると入っていく。
「うへえ……あんなでっかいのがこんなちっさいのに入っちゃうんだ」
「僕は天才だからな」タチバナさんは薄い胸を張って鼻息をふんっと吐き出した。
「天才じゃなくても瓶詰悪魔は普通の技術でしょ」カメリアさんが呆れた顔をする。
タチバナさんは自慢げな顔のまま、ばったりとまた倒れ込んだ。
「アジサイさん。はやくタチバナを手当てしないと」
「わかった。帰ってちゃんと魔法薬とかで手当てするんだよね?」
空が白み始めていた。
家に着いて、まずは花屋の店先に「本日臨時休業」の貼り紙をした。最近やたらと臨時休業ばっかしだな。寒いのでストーブをつける。
カメリアさんはタチバナさんの、ズタボロになった魔術師の正装をはがしていく。
「ひどい怪我……」そうつぶやくと、まるっきし子供みたいな、下っ腹がぽこっと出た体に、魔法薬を振りかけていく。外側の傷が癒され、今度は口にそっと魔法薬を含ませる。
「これでいいはず――目を覚ますまでここに寝かしましょう」
毛布をかけて、二人半べそでタチバナさんを眺めた。
「カメリアさん、あたし魔法に由来とか求めないタイプだけど、なにが起きたの?」
「――あれは、名前の力を使って、望む武器を手に入れる魔法です」
「名前の力? だからいつぞやの魔法薬を使ったわけね」
「そうです。わたしとアジサイさんの連名なら、私一人の名前でやるより、ずっと強力な力が手に入るとタチバナは判断したんでしょう。でもわたしもアジサイさんも平和主義者だったので、ススキの束なんてものが出たんです。それを魔法で固めて銃にしました」
「はー……平和主義者かあ。現代の日本人はみんなこうだと思うよ。危機感なさすぎにもほどがあるってもんだ」
「魔法の国ではつい三十年前まで紛争が起きていました。戦争はあってはならないことです。だれも危機感なんか持たないのが正しいんです。平和に暮らせるということは、この世でいちばん大事なことです」
「そういうもんなの? いまなんかアメリカと中東がまずいことになってるけど」
「あめりか……?」
そこからかい。ため息をつき、それから寝かされているタチバナさんを見る。
タチバナさんはすうすうと規則正しい寝息を立てていて、ようやく回復してきたのだということが分かった。
カメリアさんと朝ごはんの支度を始めると、タチバナさんは鼻をひくひくさせて、
「ナスの味噌汁ッ」
と叫んで跳ね起きた。びっくりして、「安静にしてなよ!」と声をかけると、タチバナさんは難しい顔をした。
「ナスの味噌汁……」タチバナさんは知覚アンテナで知ったようで、きょうの朝ごはんはまさにナスの味噌汁とご飯と納豆だった。三人で食卓を囲む。
「悪魔は――ああ、いた」
タチバナさんはポケットからフィルムケースを取り出す。中には闇が詰まっているように見えた。
「カメリア、これどうする? 完全に処分すればいいかね?」
「そうして。アジサイさんやタチバナを傷めつけた悪魔は、いなくなったほうがいい」
タチバナさんはフィルムケースを握りつぶした。予想外の握力。
これですべて、終わった……のだろう。あたしは安堵した。
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