第3部 魔法使いの〈アオハル〉
リンゴ
タチバナさんが帰って半日くらいしたころ、カメリアさんが不意に
「青春って、いいものなんでしょうか」
とつぶやいた。
「いいものなんじゃない? 今思えば中学校とか高校とか、楽しかったよ、理不尽なこともいっぱいあったけどね。わけわかんない校則いっぱいあったし」
「中学校……高校……わたしも入れますか?」
カメリアさんの斜め上のコメントに思いきり噎せた。ペットボトルの紅茶がおかしなところに入って、悪魔に呪われたときみたいな咳をした。
「中学校は無理かと思うけど高校はいけるんじゃない? 全日制はちょっときついから、定時制とかなら……定時制ってなった瞬間青春味はうすれるけど。制服とかないし」
「それじゃダメですよう。みんなと同じ制服を着て、靴下の丈とかスカートの丈とか、どうしようもなくくだらないことできゃいきゃい言いたいんですよう」
「うーん……学校が青春とは限らないよ? もっと別の青春を探そう」
あたしは今の時期になるとでっかい箱で買ってしまうリンゴをむき始めた。昔から我が家では、冬になったらリンゴをでっかい箱で買うのが習わしだった。いま、あたしとカメリアさんだけでは、ひと箱食べきれるか分からないが、それでもおやつにちょうどいいし、体にもいいし、ひたすらリンゴをむいてもぐもぐ食べる。
「人間の国のリンゴはおいひーですね」
「魔法の国のリンゴってどんなんなの」
「えっと、まずはがっちがちに硬くて、ギリギリに渋くて酸っぱくて、まあおいしくないです」
「でもそれ料理すればおいしくなるやつなんじゃないの? わかんないけど」
「うちじゃあ料理はしませんでしたねえ……ふつうに、このリンゴみたいに食べてました。それでも貴重な甘いものだったので喜んで食べてましたが」
魔法の国というのは、いわゆる「丁寧な暮らし」というやつなのだな、と思った。
この言葉、大っ嫌いである。手のかかる料理を作り庭でハーブを育てオーガニックな洗剤を使う、なんて暮らし絶対に嫌だ。簡単なレトルトやインスタントの食べ物はありがたいし、ハーブなんて使い道がわからんし、洗剤はカメリアさん製のどんどん汚れの落ちるやつがいい。
あたしは魔法の国で暮らすのは願い下げだが、カメリアさんは人間の国をどう思っているのだろう。
それを訊ねてみるとしばらく考えて、
「ぜんぜんありですね」
と答えた。「ぜんぜん」という言葉を使うあたりあたしの毒気に当ててしまったのかと不安になるが、まあカメリアさんが使いたい言葉を使うべきで、あたしにどうこう言う権利はない。
カメリアさんは何切れ目になるか分からないリンゴをもぐもぐする。
あたしもリンゴをかじる。実においしい。
さて、カメリアさんのアオハル探しに話題が戻った。カメリアさんは、
「アジサイさんの青春ってどんなだったんですか」
と訊ねてきたので、ずっと気になっていたことを尋ねる。
「ねえ、なんでいきなり『あじすさん』呼びから『アジサイさん』呼びになったわけ?」
「え、だって『あじす』っていうのがあだ名だって聞いて、あだ名で呼ばれるの嫌かなって」
「うーん……中学で数学の先生につけられたあだ名なんだよね、『あじす』って。だから中学からあとの友達には『あじす』って呼ばれてるわけだけど、べつに嫌じゃないよ。それより古い友達は『アジサイ』って呼ぶんだよね。でもどっちでもいいんだよ、カメリアさんの呼びたい方で」
「じゃあ『アジサイさん』って呼びます。そうしたら小学校からの友達みたいじゃないですか」
カメリアさんの愛が重い。それはともかく。
「どんなだったんですか、青春!」
「特に面白いもんじゃないよ、学校行って部活やってテストの成績に一喜一憂して、ときどき友達と遊びに出かけて……」
「それ!」
カメリアさんが急にでっかい声を出すもので、あたしはびっくりした。
「ななななになになに? なにごと?」
「それですよ! 『友達と遊びに出かけて』ってやつ! もっと一緒にあちこち出かけたいです!」カメリアさんはキラキラの目で言った。どうやら本気の本気らしい。
「で、でも遊びに出かけて帰ってくるとだいたい具合悪くするとか変なフラグが」
そうなのである、植物園に出かけた時はカメリアさんがバラバラになったし、温泉に出かけたときはあたしが咳で身動きが取れなくなった。だからできることなら家から動きたくないのが正直なところだ。しかしカメリアさんは諦めない。
「でも。もう悪魔はタチバナがやっつけていきました。わたしたちは自由なんですよ!」
「いやまあそうだけどさあ……どういうとこに出かけたいわけ? ここヤバい田舎だよ?」
「たとえば、タピオカドリンク屋さんとか、スタバとか、そういう」
カメリアさんは、いかにも田舎の女子高生の憧れそうなものをピックアップした。
「ないよ。スタバは県都までいかなきゃないしタピオカは売ってるかすらわかんない。だいたい、タピオカって豚骨ラーメンみたいなカロリーあるんだよ。スタバのフラペチーノも然り」
「うう……おしゃれなもの食べたい……! 写真撮ってインスタにUPしたい……!」
インスタやってるんかい。インスタって魔鏡のOSに対応してるんだ……。
「このド田舎にインスタ映えするものがあるとでも? せめて県都まで出かけないことには、話しかけてくるタイプの店員のいる服屋もないし、アニメグッズすら買えないぞ」
「県都。どういうところですか?」
「楽しいっちゃ楽しいんだけど、電車で『おいどが痛うおます』にならないといけないとこ。電車賃も県都まで往復で三千円かかるし、軽トラで行ったらおいどどころか翌日腰痛で死にかけると思う」
「むむむ……」
「でもそのうち行ってみようか。カメリアさんに似合う洋服探そう」
そんな話をして、そろそろ店じまいの時間になった。シャッターを下ろす。きょうも菊しか売れなかった。
住居でテレビをつけてみると、ちょうどローカルニュースをやっていた。
カメリアさんはローカルニュースをしみじみ眺めている。どうやら、県都の温水プールが、冬季間も営業することになった、みたいなニュースのようだ。
「温水プールってなんですか?」
「温かいプール。県都の温水プールは温泉引いてるはず。ウォータースライダーとか、いろいろ楽しい設備があって、どっちかっていうと競泳プールというより楽しい遊び場って感じ。大昔行ったっけな」
「行ってみたいです!」
カメリアさんはそう強硬に主張した。「えええ……水着とかマジ無理……そりゃハワイならドンドコした体形の人も水着着てるから平気だけど」と返事をすると、
「アジサイさんのどこが恥ずかしいんですか。普通の体形じゃないですか」
と、なかなか気分のいい返事をされた。
「そ、そう? 普通……かあ。……てへへ……よし、次の休業日、県都の温水プール行ってみっか! それじゃあ水着も買わなきゃ」
あたしはスマホを出してきて、ショッピングサイトを開いてみた。季節が季節なので、在庫こそ少ないが実に安く、夏に流行った水着が売られている。
「これ! これにします!」
カメリアさんはなかなか大胆なやつを選んだ。たぶん超絶似合うはず。あたしはへそが出る程度の、露出少な目のやつを選んだ。それをカートに入れてポチる。
「これっていつ届きますか?」カメリアさんは目をキラキラさせている。
「そうだね、二~三日すれば届くんじゃない?」
「楽しみですね、温水プール!」
「そうだね――まさかこの歳で泳ぐとは思わなんだ」
そう答えるとカメリアさんはニコニコして、
「青春を、なにがなんでも取り戻してみせるんです!」
と、そう答えた。
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